5.大学図書館

第25話:巡る

「まあ、それでユリちゃんが……早とちりしてごめんなさいね」

「気にしてません」

 ある日、お染さんに首を折られそうになったが、話せばわかってもらえた。

 本日は自宅にお客さんを招いての女子会で、俺は給仕役である。

 京とハルネさん、お染さんとひしぎさん、パールさんがテーブルを囲んでいる。そんな中でお染さんにユリさんからメール着信があって、羽衣が俺の首に伸びたというわけなのだ。

「説明してなくてすみませんでした」

「いいえ。ユリちゃんが暴走したことなのですもの……ところで奥様はご存知?」

 妻の京がにこやかに告げる。

「もちろんです。来月中の妊娠を目指します」

「格好いいよ、京! がんばれ♡」

 パールさんの応援がどの角度からなのかわからない。この人怖い。

「頑張ります。……頑張ろうね、光太」

「ハイ」

 色々な意味で俺に拒否権はない。

「……襲っておけば良かった?」

 ひしぎさんが恐ろしいことを言っている気がするが、聞かなかったことにする。

「カルくんとおしゃべりする間に、そんなに面白いことになっていただなんて」

 ハルネさんがうんうん頷いている。彼女は同じタイミングで病院にいたとはいえ、お染さんに付き添われて検診を受けていたので顛末を知らなかった。

「うふふふ、光太さんはモテモテですねえ」

「俺自身は断っていることをお伝えしておきたいです……」

「わかってますよぅ。……でも、このままだと特殊な妊娠ができる種族の人との子どもがたくさんできてしまうのでは?」

「うっ」

 パールさんも、ひしぎさんの髪を結いながら話に参戦する。

セファルねえさんが調べた限り、封印監獄にいる悪竜の数人は特殊妊娠可能だそうだよ☆」

「いや、でも、その人たちと関わったとして俺に……好意を抱いてくださるとは限らないわけで。そうなったとしても同意なく妊娠するとも限らないと、俺は思っています」

「……異種族を甘く見ると、子どもが10人超えるかもよ?」

「怖い……!」

 物騒な会話をよそに、京はひしぎさんの手土産であるジュースの味を大絶賛しており、ひしぎさんが照れている。

 平和で素晴らしいことなのだが、助け舟が欲し……なんでもないです。京さんは思うままに楽しんでいてください。

 ぴーっ、ぴーっとオーブンが焼き上がりを知らせる。

「お。……ちょっと行ってきますね」

「手伝いますか?」

「いえいえ。今回の俺は皆さんをもてなすポジションですから、どうか座っていてください」

「ふふ、お任せしますね」

 匂いに釣られてか、悪竜さん部屋方面からコペラさんとアーノルドさんもやってくる。

「    !!」

「  」

「もちろん悪竜さんたちの分もありますよー」

「   ☆」

 熱々な天板を並べ、小さめのパイをケーキクーラーに移していく。ファレテさん夫婦からお詫びにといただいたフルーツを、ふんだんに使った自信作である。

 そして、冷蔵庫で冷やしてあったタルトもお出しする。こちらも一口二口ほどで食べ切れるサイズなので、いろんな味を楽しんでもらいたい。

「お先にムースタルトをどうぞ」

 ダークチョコレートとルビーチョコレートで、黒とピンクが半分になるよう仕上げてみた。ピスタチオつき。

 それぞれの前に皿を置く。

「……うん、美味しい。光太ったらまた腕を上げたの?」

 パールさんのからかいも褒め言葉が混じっていて嬉しい。

「大切なお客さんを迎えるとなれば気合が入りますよ」

「お上手ね」

「友達のためにありがとう。美味しいよ」

 京の好きな味を狙ってみたが、成功したようで嬉しい。

 ひしぎさんにはお染さんが食べさせている。

 ほかの悪竜さんたちもやってきたから、そちらにお菓子を配っていこう。



 仲良しな女性が揃って話すと、場が華やかで明るくなる気がする。

 会の始めこそ首折り未遂事件の流れで話に加わったが、女性たちの楽しいおしゃべりの邪魔をするつもりはない。近くに用意したワゴンに、時折お茶やお菓子を追加しにいくくらいであった。

 あとは隣室で悪竜さんの世話をしたり、チャットの返信をしたりと有意義な時間を過ごしていた。

「……さて、光太さん出番ですよ!」

「ん!? あれ、なにかありましたか」

 昼食にするには早いかと思ってたのだが。

「ソティさんを捕まえながらこっちの席に座ってください!」

「無理がありますよ!?」

 黒ラブラドール姿のソティさんは、ハルネさんの腕の中でびちびちぐねぐねと逃げようとしている。パールさんがその光景をスケッチしておりブレない妖精さんである。

「ソティさんの力が必要なんです! きっと光太さんの頼みなら聞くでしょうから適当に用件でっちあげて説得してください!」

「本人に聞こえるように言ってどうするの」

 ひしぎさんの冷静なツッコミが終わるか終わらないかのタイミングで、ソティさんはパピヨンに変化して腕をすり抜けた。

 直後に人型に戻り、非常に不機嫌な様子で告げる。

「ぜっっっったいに協力してやらない」

 ……当たり前である。

 パーカーにジーンズ、ヘッドフォンの見慣れた姿で、彼はワゴンを指して俺に問う。

「お菓子もらってもいい?」

「あ、待って。ソティさんの分、別でとってあるんだ。いま出すよ」

「ありがとう」

 彼は在宅仕事が長引くことがあるから、時間停止装置の中にタルトやパイをいれていた。

 引っ張り出して戻ると、ソティさんはひしぎさんと話している。

「あんた、26番」

「そういうあなたは668番」

「出られるようになったんだ?」

「こちらのセリフ」

 そういえば、二人とも封印監獄1番棟にいた悪竜さんである。

「お知り合いなんですか?」

 京の質問に二人はそれぞれ微妙そうな表情。

「お互いの能力で封印しあっていたから、番号と能力だけ知ってたんだ」

「会うのは初……はじめまして」

 ひしぎさんが抱きつくと、ソティさんは渋々受け入れる。

「残してくれた機構で、私は落ち着いていられた。……お父様にも会えた」

「あんたが一歩踏み出したからだろ。勝手に僕の責任にするな。自信を持て」

「…………。ん」

「……」

 この場の最年長の悪竜であるお染さんが微笑む。

「ひしぎはあなたに会いたかったそうなの。どうか仲良くしてあげて?」

「…………いいよ」

「嬉しい。わたしもこれからよろしくね」

「わかった。……力になるべき場面ではそうしよう。でも今回は違う」

「ええ。ごめんなさいね。ハルちゃんは倫理観がないし、他人の気持ちなんてわからないわ」

「改めてヤバい種族だな天使」

 ハルネさん本人は自覚があるので、ソティさんを怒らせてしまったことを反省している。

「まあいいや。光太、お菓子ありがとね」

「うん」

 皿を持って戻ろうとするソティさんにひしぎさんがついていった。途中で気づいたソティさんは、呆れつつも受け入れたようだ。

 平和だ。素晴らしい平和がここにある。

「……で、なんでソティさんが必要だったんですか?」

 ソティさんとひしぎさんが悪竜さん部屋に消えたのを確認してから問い詰める。

「お染ちゃんの恋路を応援するためです♡」

「……。他のかた説明お願いします」

 お染さんが頬を赤らめているのを見るに、恋話が絡むのは違いないのだろうが、暴走したハルネさんからの説明では少し困る。

 京がすっと手を挙げてくれた。

「お好きな方のことを調べたり、お好きな方の能力を掻い潜るのにソティさんが適任だっただけだよ。必要条件じゃないの。ハルネさんの頼み方もよくなかったね。後で謝りに行くよ」

「わかった。ありがとう」

 恋を話題にされているお染さんは、着物の袖で口元を隠してもじもじとなさっていた。

「……ハルちゃんは、いじわるだわ……」

「かわいー♡ 乙女♡」

 パールさんが嬉しそうに抱きしめる。

「でも、好きになった人が意外」

 意外?

「お染さんが惚れる相手なんだから、気品と教養に満ちた気遣いのできる人なんでは?」

「っっっ、光太まで……!」

 思ったことを口に出していると、パールさんはどこか苦笑しながら教えてくれた。

「寛光大学に所属するならよく知ってる人だよ——」

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