第17話:紹介の時間
「天神族とユングィスは、性質が比較的近しい種族だ。昔からお世話になっている」
「そうなんすね」
「……なので、多少気まずい……」
「…………」
現在、天帝様はミオを肩車して遊んでくれており。そのすぐ近くにはお染さんと、彼女に雰囲気がよく似た50歳頃の女性がいる。
「皇妃様が見てますよ」
「知っている……」
藤の着物を上品に着こなし、佇まいも完膚なきまでに美しいその女性は、微妙に俺を盾にするマヅルさんに手招きをする。
「マヅル」
「…………」
俺がどこうとすると、マヅルさんもそれに合わせて動く。
「おいでなさい」
「……はい」
「マヅルさん待った。俺はいらないでしょう」
腕を掴まれて引きずられていく。細身に見えても神は神。その腕力は人間に抵抗できるものではない。
「おまえがそばにいると、波長が落ち着くから暴走の危険が減る」
「そんな爆弾みたいな状態なんですか!?」
ひしぎさんを見つけ出したあの時のようなアレが暴走したら、どうなるかわからない。
シェルさんの解説によれば、時系列と存在確率をぐちゃぐちゃに蕩かしてだのなんだのを神様パワーでやっていたそうなのだから。
「違う。……叱られるというシチュエーションが、あまり、得意ではない」
「…………。すみません、ついてきますね」
彼の幼少期も、良いものではなかっただろうから。
心配そうにしていたひしぎさんを、シュリさんがこちらへ送り出す。
「……お父様」
「む。……心配してくれるのだな」
「奥様は呼ばないの?」
「フユは、」
「来たよ」
美しいルビーの髪を揺らしてやってくるリフユさん。その後ろには息子のチアキくんと、その付き人であるヨーツさんもいる。
「はじめまして、ひしぎ」
「……ごめんなさい」
「謝ることは何もないのよ。可愛い子。マヅルくんの子なら、私にとっても我が子なのだから」
「!」
「ふふふ。かわいい……」
撫でられて照れるひしぎさん。
「光太、マヅルくんを任せてしまってごめんなさいね。……あまり楽しくない話もするから、ミオちゃんを迎えに行ってあげて?」
「いえいえ。あざす」
天帝様の近くへ向かうと、ミオが差し出される。
「そら、父様が来おったぞ」
「娘がお世話になりましたー!」
「……天帝様、ありがとうございます」
「うむうむ。遊んでくれてありがとうなあ」
受け取ったミオを抱っこ。
体重を預けてくれるのが嬉しくて可愛くて。
「しーくんと、そーちゃんとも遊んだの。クッキー美味しかったの」
「そっかそっかあ。よかった」
今日はお土産にジャムクッキーを持ってきたのだ。
「光太さん、ミオちゃん。お久しぶりです」
「ちわす。お元気そうで」
チアキくんを抱っこするヨーツさんは、本日もおっとりと微笑んでいる。
「ちーくん、幸せ?」
「うん」
チアキくんはヨーツさんが大好きで、うっとりとヨーツさんに体重を預けている。
「ぼっちゃま。あそこにおられますはお姉様方ですね。ご挨拶にまいりましょうか?」
「いろいろ話してるから、落ち着いてからで」
「さすがはぼっちゃま。気遣いに満ちておられますね」
チアキくん嬉しそう。
「姉様」
「お邪魔しています、お二人とも」
シェルさんとシアさんがそばに来る。
「光太とミオに客間を用意しておりますから、そこでゆっくり休んでください」
「え、そこまでしてくださるとは……助かります、あざす」
「弟や姪と遊んでくれましたから、お互い様です。案内は……」
「私がします」
出現したのは、シェルさんによく似た娘さん、ノクトさんだ。
シェルさんの着ているローブとズボンに似たパーカーとズボンを着ている。ぱっと見で間違えてしまいそうなくらいそっくりだ。
「お任せください」
「では、お願いしますね」
「おねしゃす!」
ノクトさんは、俺の返事に優しく笑った。
「さ、どうぞ」
「あざす」
歩く途中で寝落ちしていたミオをベッドに寝かせる。
「可愛らしいですね」
「そうなんすよー……毎日可愛くなっていくんです」
「うふふ。光太さんもますます父君になられて」
「まだ未熟です」
照れる。
「今日は泊まっていかれます?」
「はい」
「嬉しいですね。ぜひ温泉に入っていってください」
「いいんすか。俺もミオも温泉好きなんで、嬉しいっす」
「ふふ。では、ミオちゃんが起きたらですね。あ、でも。何か必要なものが出たら、ベルを鳴らして呼んでください」
「あざす」
ノクトさんが去っていく。
「……かわいい……」
娘の寝顔は見飽きることがなく、いつだって愛しい。
タオルケットをかけてやると、手がもぞもぞ動く。生まれた頃から変わらない癖が見えるたび、あまりの愛しさに思考が蕩けそうになる。
俺も隣で寝ようかな。
「おはよー」
「……おはざす、リフユさん」
目が覚めて、部屋にはリフユさんが出現していた。眠たさで少しぐずるミオを相手してくださっている。
「娘がお世話に」
「いいえー。私の方は夫と娘がお世話になっているんだもの。気にしないで」
「……マヅルさん大丈夫でした?」
「大丈夫。あーちゃんとみーちゃんも制御に入ってくれたから、鉄壁の守り」
「でしたか」
起き上がり、リフユさんから送り出されたミオを受け取る。撫でる。
「二人ともお水飲もうね」
「あざす。ミオ、おはよう。眠いねー」
「……気持ちよく、寝たの……!」
「お父さんもミオとお昼寝幸せだったよー」
「…………んー」
リフユさんから受け取ったミニボトルを飲ませると、ふにゃりと表情を緩める。
「うふふ……可愛いわね」
「……リフユさん、好き……」
少し機嫌を持ち直したミオが言う。
「まあ……! 私もミオが大好きよ」
「マヅルさんは、だいじょうぶ?」
「心配してくれるのね。だいじょうぶよ。皇妃様もフォローに入ってくださっていたから、必要以上のダメージはなかったの」
「……!」
「優しさがお父さん似ね。なんて可愛い」
撫でられて照れるミオ。
しばし戯れるうち、ノックが鳴る。
「お。はーい!」
ミオをリフユさんに託し、ドアを開けにいく。
お染さんが浮いていた。
「ごあいさつ」
「あざす」
中へ招き入れる。
「お姉さん、きれい……」
人見知りして俺にくっつくミオが呟くと、お染さんはぽっと頬を染める。
「……ミオちゃんもかわいいよ」
「ん……はじめまして……」
「はじめまして。染絹といいます」
「名前もきれい……」
じんわりと赤くなっていくお染さんは、照れ照れしつつ、小箱を二つ出現させた。
「おじいさまと、わたしとでお世話になったから。こっちを光太とミオちゃんに。こちらをリフユさまとマヅルさまに……」
「いやそんな、お世話になったのは俺の方と言いますか……! ありがとうございます」
「ございます」
「あらあら。丁寧にありがとう」
どこか和風に似た柄の、折り紙のようになっている包みをミオに開けてもらう。蓋も開けると、そこには透明なゼリーが並ぶ。さらに、そのゼリーの中には花や鳥を模した練り切りのようなものが入っており、ミオが表情を輝かせる。
「……!」
「おお……! すごく綺麗だね」
適度なデフォルメながら、形や見た目が一級品だ。どうやって作るのかわからないこれは、おそらく天神族のお菓子職人が作ったのだろう。
リフユさんの方はさまざまな色の海を閉じ込めたようなゼリーが並んでいる。
「私の方も見る?」
「! 見たい。ありがとう」
ミオをリフユさんに託し、俺はお染さんに会釈する。
「……ありがとうございます、ミオが好きなタイプのお菓子で、すっごく喜んでます」
「ロザリーにリサーチしていたの。見た目や製法が面白くて、可愛いものが好きだって。喜んでくれたの嬉しい」
「! ほんとに、ご丁寧にしてくださって……ありがとうございます」
おっとりと微笑むお染さん、実に美しい。
「それで。あの。……あなたに、自己紹介……」
「?」
自己紹介はもうしてもらった気がする。
「わたし、小説家」
「へえぇ……! 良ければジャンル教えてもらえませんか」
「いろいろ書くけど、ホラーとミステリ多め……」
「すごい! そのジャンル書く人、みんな頭がはちゃめちゃに良いイメージというか……! あ、すみません」
失礼なことを言ってしまった。
「小説、好き?」
「はい! それこそ最近、好きな作家さんが本格ミステリ出してくれたもんだから嬉しくてですね!」
そういえば鞄に一冊入れていた。
「
幽霊・怪物が怖い系や人間怖い系、コメディ風味からホラー全開怪談風味、ホラーをフックにしたミステリまで様々だ。
「今回はなんと、骨太本格ミステリ! いつもはさくっと楽しむ感じの短編ミステリが多いんですが、今回は吹雪で小屋に閉じ込められた登山者が題材で、」
「それ私」
「なるほど! ぜひ読んでみて……………………」
数瞬、思考が飛ぶ。
自動で顔が燃えるように熱くなる。
「…………ファンです……」
「……ありがとう……」
サインしていただいてしまい、大変嬉しかった。
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