第16話:対面の時間
とはいえ、スーパーの駐車場で話すわけにもいかない。
「……ご無沙汰しております、天帝殿」
「ふん。無沙汰を謝るなら挨拶のひとつくらい寄越せ、たわけ」
「すみません……」
沈んだ様子のマヅルさんと、その向かいで腕を汲む天帝様。
雰囲気が少しばかり重たい面会の会場は、ローザライマ家の一室であった。
俺は見たことのない部屋であったが、調度品や雰囲気からいってお客さんを迎える応接室のような印象を受けた。
部屋を提供してくれたのは、もちろん家主のシェルさん。『神族の長二人の歓待にはこれでも足りませんが』と言いながら直々にお茶とお菓子を用意していたほどである。
「おまえは昔から、慎重を通り越してものぐさな奴よな。石橋を叩いて叩いて叩いた挙句に壊すか、壊れなくとも渡ることをせん。渡る必要があってもな」
「……返す言葉もございません……」
ソファの上で小さく縮こまるマヅルさん。
なぜかその横に座っている俺。
位置関係がおかしい。
天帝様の隣に座る、向かいのお染さんと目が合い、手を振ってもらえた。なんとなく振り返す。
「光太も……すまぬな……私が動けという話なのに……」
「あっ、いや、全然! こういうの慣れてますから、ちょっとしたツーリングみたいな感じでしたよ。気にしないでください!」
「そこの人間、小僧を甘やかすでない。こやつが一歩踏み出せば良かった。そなたと手分けして探すこともできたのを、尻込みしおった!」
「……おっしゃる通りです……」
十数分ほど、小言と説教がいくつか降らされたところで、テーブル横で静観していたシェルさんが口を開く。
「天帝様」
「なんじゃ、鬼っ子?」
「皇妃陛下がおられますゆえ、あまり長引きませんよう祈っております」
「……………………」
不思議な物言いだったが、天帝様が滝汗で姿勢を正した様子からして、弱点だったらしい。
「いまはどこに」
「母と姉と話を弾ませているところです」
「……そうか。なれば、さっさと片を付けねばのう」
ため息を一つして、名を呼んだ。
「マヅル」
「! ……はい」
「おまえは、自分の価値を低く見積もる癖がある。改めよ」
「…………。はい」
「娘に何を話した。その上で娘はどこに向かった。それを推測すべきはおまえだ。人間やら、あーちゃんやら、シュリちゃんやらを頼っても良いが、任せきりはするなよ。娘なのだろ」
「……はい」
マヅルさんは一息吐くと、手のひらに白いブロックを出現させた。
いや、ブロックのように見える濃縮された神秘だ。
あまりの濃度に固形だと錯覚してしまうだけで、色とりどりの火花や線がいくつも散っている。
「そういたします」
そこには煮えたぎるようなエネルギーが詰まっているようだった。
わかるのは、彼が何かとんでもないことをしていることだけ。
「叩いた橋を渡らずすっ飛ばしおる」
天帝様はため息をついてからお茶をすする。紅茶の多いローザライマ家では珍しく、今日は湯呑みに緑茶である。
「気を使うなというたに、鬼っ子は律儀じゃの」
「あなた様と姉様を迎えるのですから、無礼はできません」
お染さんからのカステラおかわりに応じながら、淡々と返す。
和やかな空気に包まれたところで、マヅルさんの手からブロックが弾けて消えた。
直後、新たな人影が現れる。
マヅルさんとよく似た、ダイヤモンドの髪の美しい女性——
「我が娘」
「…………」
呆然としている彼女をマヅルさんが抱きしめる。
濃い紅色の目を大きく見開き、女性は呟く。
「……お父様」
「呼んでくれるのだな。……いきなり連れてきてすまない。会いたくて、呼んでしまったのだ」
「……………………」
おずおずと抱き返す。
「……私の、お父様」
「うむ。父である」
「…………。……名前をください」
「では、ひしぎ。緋色のシギ。……妻と話して音を決めた」
「……」
ひしぎさんは、蕾が開くように微笑んだ。
命名書に、
そしてマヅルさんに抱きつく。
俺の席を譲った……というか、俺があの席に座っていたのがそもそも畏れ多い。
「ところで、天帝殿のシャツはどういったものなのでしょう」
マヅルさんは静かな声でアロハシャツに言及する。
「なんぞ。文句でもあるのか」
「いえ。あなた様の象徴に合った色と模様だと思いますが、見慣れないものでしたので気になって」
「ハワイという南国の土産よ。お染ちゃんが選んでくれたのじゃ」
「そうでしたか。素敵な孫娘さんですね」
ふふーんと自慢げな天帝様の隣で、お染さんはひしぎさんに興味津々。彼女にとってひしぎさんは妹さんである。
「妹かわいい……」
本人は人見知り中のようだが、お染さんを見つめ返しているのが微笑ましい。
俺はこの場にいるもう一人のお姉さんに声をかける。
「……出てこないんですか?」
シヅリさんが影から飛び出す。
「私だってね。空気を読むのよ。お父様に甘えているのだから、ゆっくりさせてあげるのが道理ってものでしょう」
「なるほど」
ひしぎさんはびっくりした顔でシヅリさんを見、マヅルさんへの抱きつきを強める。
「……あの子はシヅリ。おまえと同じく、私の自慢の娘だ」
「…………ん」
シヅリさんをお二人の座るソファへ送り出す。浮遊できるので問題ないだろう。
さて。
「お父様」
「ミオ」
部屋にやってきたミオを抱き上げる。
連れてきてくれたのはアネモネさんとシュリさん。お二人とも気品と風格に満ち満ちている。
「娘を見ててくれてありがとうございます」
「ありがとーございます」
「いいのよ」
「我が家のおちびさんたちと遊んでくださいました。ありがとう」
シュリさんに撫でられて照れ照れなミオ。可愛すぎてズキュンとする。
「……あのひとたち、だれ?」
小声での問いだったが、天帝様は聞き取っていたようでこちらにやってくる。
優しい笑みで、ミオに合わせて身をかがめた。
「はじめまして。小さき炉の神よ。わしは天帝じゃ」
「! ……はじめまして。ミオソティスです」
「うむ、愛い。そなたがマルクトの娘じゃな?」
「はいっ」
「よう似とる」
優しく髪をかき混ぜると、ミオは恥じらいながらもふにゃりと笑う。
「しっかし、夫がここにいたとは水臭いのう。名乗れば良かろうに」
「あ、俺は夫じゃないです」
「は?」
あらぬ誤解を受けそうだったので、常備してあるメモを渡した。そこにはミオの誕生の経緯が書いてある。
「……あやつ、ううむ……ちゅーか
なにやらぶつぶつとおっしゃられていることの意味はわからないが、マルクトさんとは比較的親しい知り合いのようだ。
「お父様。天帝様、すごいひと。魔力の巡りが、すっごく綺麗で力強いの」
「そうなんだ。素敵だね」
俺がミオと話す間、シェルさんがこちらにやってきて、アネモネさんとシュリさんに状況を説明している。
「……マヅルくん、娘さんと会えたのですね」
「はい。ひしぎと名付けられました」
「ふふふふ。素敵なお名前」
にこやかにそれを聞いていたアネモネさんが、俺を見る。
「あのお染さんをどこで引っかけてきたの?」
「バイクでツーリング中に」
「あら……相変わらずの引き運」
ミオが、バイクというワードに反応する。
「私も乗りたい」
「もっと大きくなったらね。でも、近くで見たいなら、お父さんと一緒に見ようか?」
「……うん」
「おっけ! 今度見ようね」
「お母様も誘っていい?」
「もちろん」
愛しい娘を抱きしめる至福。
アネモネさんが柔く微笑んでいた。
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