第15話:捜索の時間
シェルさんに頼んで出してもらった位置は、大学の正門。周囲の安全確認をした上で、シヅリさんに影からバイクを用意してもらい、影に潜んでいてもらう。
「よし、行きましょう!」
『うん』
ヘルメットをして、安全運転を心がけるのだ。ルートはなるべく大きめの通りを使って、1km範囲の大学周辺を回ることとする。
「夏じゃなくて助かりましたねー」
『そうねえ。毎年とんでもなく暑いものね』
道民的に、関東の夏は湿度じっとり暑すぎて、バイクにはなかなか乗れない。エアコンを効かせられる車一択になってしまう。
『……妹、乗ってきてくれるかしら』
「くれるといいっすね」
このバイクには大きな特徴がある。
一人で走っていると必ず誰かが乗ってくるのだ。
いつ乗ってくるのかと誰が乗ってくるのかは運ながら、俺の探し人か俺を探してくれている人のどちらかだ。
性能は良いのだが、誰も探していない時は気楽に乗りづらい……そんな不思議なバイクである。
「妹さんの能力ってシヅリさんと同じですか?」
『会っていないから全く同じとは言い切れないけれど、似たところはあるわね。こうして影や異空間に隠れているのだし』
「なるほど」
『でも……封印監獄でも隠れ続けるのは私より力が強いかもしれない』
「すごいすね」
あれこれ話しながら、いつも行くパン屋のそばを通った時、とすんと後方で音がした。
「光太くん、はじめまして」
「……はじめましてっす」
俺の胴に、細い布——羽衣が巻きついている。声は女性だが、目当ての人ではないとわかった。
しかし、俺を探している人だ。
振り向くことはできない。ハンドルのミラーで覗き込むのも危険だ。姿を直視するのがまずい種族の方であったり、そういったことが不敬にあたる身分の方もいる。
「森山光太と申します」
「……
危険運転になってしまいますものね、と一言くださる。
ミラーが使えなくともシヅリさんに補助してもらっていたが、やはり自分の目で見た方が確実。ありがたく見させてもらう。
絹糸のごとく艶めく黒髪が映った。
「驚かないのね」
おっとりと穏やかな話し方をなされる、上品な少女。そういったことは振り向かずともわかる。
「驚きがないわけじゃないんすけど、慣れているといいますか……」
「慣れるだなんてすごいわ。気をつけてね」
「あざす」
シヅリさんが『飛び乗ってきたのはあなたもでしょうに』と呟いているのをスルーし、染絹さんは俺に問いかける。
「わたしは誰だと思う?」
「お名前と羽衣から、あなたが天神族ゆかりの方なのかなと思っています。それ以外のことはわからないっすね」
「……うん。わたしは悪竜の9。母が天帝の娘です」
「ってことは、
「ええ、袖にいさまは従兄よ。お知り合いなのね。……どうかお染さんと呼んでくださいな」
「はい、お染さん!」
くすっと笑声が聞こえた。気配からして口元を隠しておられるようで、とても上品な方だ。
「あなたへのご用なのだけれど、わたしと会えば悪竜10番までコンプリートできると、あーちゃんから聞いたわ」
「えーと……ちょっとお待ちを」
頭の中で、悪竜の1番から数えていく。
1:エルミアさん、2:フリュンさん、3:フランさん、4:ラウルさん、5:ノアくん、6:グリィネさん、7:スィエテさん、8:うみさん、9:お染さん、10:ソラちゃん。
「確かに! ありがとうございます!」
「喜んでもらえて良かった。10番まで全員と出会ったのは、人類であなたが初よ」
「……想像を超える栄誉ですね……」
「半分が監獄組だから、あなたの勇気と貢献の成果」
光栄に思う。
「ところで。どこか目的地があって走っている?」
「悪竜の26番さんを探して走ってます」
「まあ……マヅル様の……」
「ご存知でしたか。……お染さんは、探せたりしますか? または、探せるような人に心当たりはありますか?」
「おじいさまか、おばあさま?」
「……畏れ多いっす……」
天帝様とそのお妃様に頼むのはちょっと、いや、かなり腰が引けてしまう。お会いしたこともない。
「でも、その子はマヅル様と同じ力を持つのだから、同等以上の格がなくては見つけ出せないわ。マヅル様ご自身は動かれませんか」
「それが……」
ここに出てくる前、マヅルさんから何度も『娘を頼む』と言われつつ、あれこれ説明も受けていた。
「この土地を治める神様との関係もあって派手に動きづらいんだそうです。それに、俺の特性ならなんだかんだで見つけられる可能性が高いですし」
「うん」
「それと……部屋に篭る思春期の娘を引き摺り出すかのようだともおっしゃってました」
「まあ……そうなの。複雑な父親心なのね」
途中からシヅリさんも参加しての会話は、大学周辺のランドマークやお店を説明する観光案内のようになっていった。
しばらく経ち、俺は二人に断ってから、大型スーパーの駐車場にバイクを滑り込ませた。
嫌な予感には従うことにしているのだ。
エンジンを切って羽衣が離れた直後、飛び蹴りが俺の上体に命中。吹っ飛びながら受け身を取る。
「!! おじいさま」
「お染ちゃんっ!!!」
なんとか起き上がり、回復した視界に見えたのは、白髪と白い髭を蓄えた筋骨隆々の老人だった。なぜかアロハシャツにジーンズ。
その老人は、薄手の着物に羽衣をまとわせたお染さんを守るように抱きしめている。彼女の顔立ちが悪竜さん系ではないのは、天神族のほうが竜より格上であるために容姿を両親どちらの種族かで選べるからである。
「ああぁ、お染ちゃん……変なことをされておらぬか?」
「おじいさまの目はたまに節穴です」
「あやつはどこの馬の骨じゃ! お染ちゃんを拐かすとは……!」
「耳も節穴なの?」
多くの悪竜さんの例に漏れず鋭い物言いだ。
「あの子は光太くん。兄姉弟妹がお世話になっているお礼に、10番までをコンプリートさせてあげにきたの」
「なんと優しいのじゃ、お染……」
「優しいのはいきなり飛び乗った私を受け入れ、観光案内してくれた光太くんのほう。蹴ったことを謝ってください」
攻撃を受けるのも慣れているから、デフラグで軽く防壁は張っていたのだが、衝撃は殺しきれなかった。
土を払い、影の中のシヅリさんの無事を確認していた俺に、天帝様は歯を食いしばって血涙を流しながら近づいてきた。
「すまんかったの、人間よ……!」
「あ……はい……」
ふんっと鼻息。お染さんの元へ戻る。
「して、罪人連れてなにをしとったんじゃ、おぬし」
罪人……シヅリさんのことか。かつて非常にやらかしたと聞いているので、呼び名に関しては俺が口を挟めることじゃない。
それはさておき。影に隠れたままの彼女を見抜くなんて、これは確かにお染さんの言う通り頼れる方のようだ。
実際に頼れるかとなれば、身分も立場も恩義もなにも、そういったことが全くないが。
神様に質問されたからには、答えなくては無礼だ。
「マヅルさんの……あ、ユングィスの長の、その娘さんかつ悪竜さんである26番さんが、俺の通う大学から半径1km範囲内にいるそうなんです。見つけたくてバイクを走らせていました」
「……姿も見えんじゃろうに、あてもなく彷徨っておったのか?」
「このバイク、上手くいけば探し人が乗ってきてくれるバイクなんですよ。便利でしょう」
「運転途中で飛び乗ることを便利と呼ぶな」
飛び蹴りを放った方に常識を説かれるとは不思議な気分である。
「それはごもっともな指摘なんですけども……毎回誰か乗って来ちゃうので……探し人がいる時か、誰かに依頼された時にしか乗らないっす」
「はー、わけのわからん因果が絡みついておるわ。なんぞこれ」
天神族の人たちは目に異能があるのだったか、バイクから何かを見い出しているようだ。
「……まあそれは良い。して、鶴の小僧はどうしとる?」
かくかくしかじか、お染さんにも説明したことをお伝えする。
「はぁ〜!? なぁーにを繊細ぶっとる、あんの小僧が!」
「おじいさま。マヅル様に失礼」
「止めるでない、お染ちゃん。同じく娘を持つ父として許せぬのだ」
裂帛の気合いは、天帝様の持つ風格もあいまって凄まじい迫力を見せる。
「鶴の小僧を呼び出せ!」
「え! いやでも、この土地の神様となにかあるらしくて……!」
「かまわん! なんぞ言われればこの天帝が割って入ってくれるわ!! 早う呼べ!」
そう言われたなら、俺にできるのはマヅルさんへの電話をすることのみである。
「……もしもし、マヅルさん……?」
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