第14話:依頼の時間
おちびさんたちをシュリさんやローザライマ家のお兄さんお姉さんにお任せし、シェルさんシアさんとまた向き直る。
「依頼があります」
「はい」
シェルさんからの依頼は、ほとんどが彼のきょうだいを助けてほしいという頼み事であり、契約に基づいて報酬も支払われる。
いつものように書類を出しながらの説明をしてくれる。
「報酬は2千万円です」
「とんでもない金額が!!」
「封印階級が最高位であるのと、監獄から脱走しているため何が起こるかわからないのとで多くしています」
「大惨事じゃないですか!? え、階級1で、しかも脱走……!?」
封印すべき存在につけられる階級は、数字が若いほど危険なものとなる。最高位の1は《滅ぶべきもの》なんて名称がつくほど。
「今すぐの危険はありませんので落ち着いてください」
「私からも説明をする」
シアさんが手を振る。
「いつ脱走したのかは不明だが、ごく最近であるのは間違いない。寛光大学を中心に結界を張っているので、大学から半径1km以内には留まっている。ここに関しては封印監獄の機密や大学との契約も絡むので詳しく明かせない。すまないな」
「あ、それは、はい。全然」
「うむ。……その悪竜はな、今回の神様の件で暗躍していた犯罪グループを遠隔で皆殺しにした」
「わかるものなんですね。さすが」
魔力の波長か何かを残滓から分析したとか、そういった技術によるものだろう。ちなみに遠隔で攻撃を振るうことについての驚きは特にない。
「普通はわからないのだが、その悪竜にしかできない殺し方だったものだから、それだと断定した」
「…………なるほど……」
殺害方法が証明になる人がいるのか……世界の広さを感じる。
「簡単に言うと、特殊な異空間に繋がる穴を開けて殺したい相手の体をねじ込む。そのまま穴を閉じると体の断面が変質して——」
「姉様。光太が覚悟を決め始めたのでそこまでに」
新しい死因への覚悟と、グロテスクな描写を聞きながらお菓子を食べる覚悟を決めていた。
「わざわざ特殊とつけるくらいの異空間をこじ開けるのですから、非常に特殊な血を引く悪竜であるのは想像がつくかもしれません」
「片親が神様、ですかね」
「はい。本人はご存知ありませんでした」
ご存知なく子どもができる技術を俺は知っている。髪の毛などから遺伝子情報を手に入れ、加工した上で女性を魔術的に妊娠させる技術。
「……ちなみに、神様って俺の知ってる方ですか?」
「マヅル様です」
「…………おおう……」
恩師の旦那さんのお父さん。なんだかんだで能力の詳細は知らないが、とんでもない力を持った神様である。ご本人は超がつく天然だが。
その悪竜さんがマヅルさんの娘とわかったのは三年前らしい。
「神にかけられた縛りが解けたため、俺にとって情報取得や正体の推測に制限のかかっていた悪竜を見直したんです。そのうちの一人が今回の姉様」
シェルさんもあれこれと大変な立場にある方。それでもごきょうだいのため動いている。
「お伝えしたところ、マヅル様は手紙を送ってくださったり、監獄へ面会に来てくださったりとしていたのですが……姉の反応はなく。しかし、マヅル様とのやりとり以外、姉に影響を及ぼすきっかけはないのです」
機密に差し障りのない範囲で教えてもらったところ、
「……特殊にもほどがありません?」
「特殊です」
「いつのまにか空きの独房に入っていたらしいな。監獄1番棟が完成した翌日、ネームプレートに26という番号だけ表示されたそうだ」
怪談じみている……
諸々をまとめれば、容姿も名前も知らないながら父親だけは判明している状況。なんだか凄まじい。
「脱走の動機は、マヅルさんにしかわからないですかね……」
動機がわかれば、潜伏場所を絞りやすくなるかもしれない。そう思っての質問に、シェルさんは首を横に振った。
「いくつか推測は立ちます」
「おお!」
「……数日後に東京で開かれる学会にマヅル様が参加予定であることから、会いに行こうとしているのではないかと」
「…………。なるほど」
「しかしながら。姉は能力の制御が上手くできずに封印されているタイプです」
「……なら、早く見つけてあげたいですよね」
「はい」
「うむ」
シアさんもシェルさんの隣で頷く。
「制御不能の恐怖と苛立ちは私も経験がある。父母が支えてくれたが、落ち着くまではこの世の終わりのようにも思えた。……そう考えると、おまえに取り憑く女神も似たところがあったのではないか」
話を振られたからか、俺の背後の異空間に宿る女神様がするっと出現する。
「……近いところはあるけれど。混血のその子の方がもっと制御ができないはずよ」
シヅリさんは宙に浮かびながら腕を組む。
「ユングィスは変幻の言霊だけど、竜は静かな魔力で、相反する性質がある。場合によっては呼吸ひとつ調子を間違えただけで世界をめくりあがらせるかもしれないわね」
「……すぐに、見つけたいですね。俺はどうしたらいいですか?」
居場所がわからなくては俺も能力を発動できない。きっとシェルさんシアさんはそこの対策を考えてくれているはずだ。
「それなんですが…………すみません、少し席を外します。来客です」
転移で消えるのを見送る。
数秒後には、マヅルさんとシュリさんを連れて戻ってきた。
「!」
当事者の登場、シヅリさんにとってはお父さんの登場に驚く。
「お父様っ」
「うむ。息災のようだ」
飛びつくシヅリさんを抱きとめる。
「マヅルさん、ちわす」
「こんにちは。この度は娘のためにありがとう」
「! ……」
情緒が荒れ狂う。
「探してくれると聞いた。よろしく頼む」
「はい! ……ちなみに居場所を探れる方ってここにいます?」
「感知最高峰といえば、スペル代表のあーちゃんなのだが」
視線を向けられたシェルさんは、わずかに困ったようにして呟く。
「……あなた様と接した経験や封印監獄にいた頃からうすうすわかってはいたのですが、全域を探査してもそれらしき気配はありません。異空間に篭って姿を消していらっしゃるかと」
「そうか……やはり我が娘」
マヅルさんがほっこりなさっている。
「……娘、なのね」
抱きついたままのシヅリさんの呟きに、マヅルさんが微笑む。
「そうだ。事実私の血を引く娘であるのだし、これから良き関係を築ければと思っている。……家出は心配だが…………」
「お、おおおお父様……お父様、ごめんなさい……!」
後半でズドンと落ち込んだのは、ユヅリさんとシヅリさん、ミズリさんといったお子さんが出奔した経験があるからだろうか。シヅリさんが半泣きで慰めている。
「……反応がなくとも、と思っていたが……それがあの子の迷惑になっていたのなら、謝らねば……申し訳ない……」
「もう、マヅルくんったら。嫌なら嫌と伝える方法はいくらでもあるのですから、受け入れていたはずですよ」
シュリさんが微苦笑で割って入る。
「少なくとも、その子はあなたの話を聞いて、お手紙も読んでいました。大丈夫です」
「む……だと、良いのだが」
「お手紙が食事ごと消えていたのがその証拠ですよ。ね?」
シュリさんの言葉を聞いて落ち込んでいくのはシェルさん。そんな彼をじっと見るのがシアさん。シェルさんは、かつて実の家族であるシュリさんとシアさんを避けに避けまくっていたのだ。
シェルさんへのアプローチをすべて断ったことをシュリさんが恨んでどうこうということは決してないが、シェルさんは水銀に溶けて床にへばりついた。
わずかに嗚咽が聞こえる。
「…………ははは」
こんなふうにドタバタできるくらい、鬼のご家族も、ユングィスのご家族も関係が和らいでいる。
それが嬉しい。
さて。
これまでの情報をまとめると。
大学から半径1キロ程度までしか居場所は絞れない。ならばあとは足で稼ぐ。
悪竜さんは理不尽な攻撃が可能。しかしながら全ての悪竜さんがそうなので大したことではない。何をしても死ぬのならば誤差である。
俺は皆さんに声をかけ、シヅリさんとともに捜索活動を開始することにした。
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