3.知人宅内

第13話:姉弟の時間

 本日は、ミオとともにローザライマ家に招かれている。

 ミオはローザライマ家のお兄さんお姉さんに見守られ、同年代のシグノくんソフィアちゃんと遊んでいるところで。

 俺は別室にて、シアさんシェルさんを前に報告をしているところだった。

「神様に取り憑かれていた若者二人は、カルミアさんが診ました。結果として、あちこちと繋いで支援を受けられるようにと動いてらっしゃいます」

「喜ばしいことです」

「すごくスムーズでした」

「体や心の不調の原因には、取り巻く環境が絡むことが多いからな。カルミアはあちこちに連絡のパイプを繋げている」

 カルミアさんは啓明心療内科・精神科の要。進路相談を受けていただくうちにも、彼の医師としての凄まじさがわかってきた。

「そちらに心配がいらないのなら、神様の方を教えておくれ。どうだった?」

「……んーとですね……なんか、黒い苔の塊みたいな感じで……首にまとわりついていたのを引き剥がしました……」

 取った後は何度か手を洗ったほど。

「あなたがと思うのなら、できないことは決してありません。封印はテューバ姉様ですか?」

「そうっす。マルクトさんとイェソドさんがアドバイザーです」

「ならば問題は起こり得ない。……あなたの体に異常は起きていませんか?」

「はい。カルミア先生もお墨付きでした」

「何よりです」

「あざす」

 シェルさんは穏やかに頷き、紅茶とお菓子を並べてくださる。

 シアさんが俺をじっと見る。

「おまえにとって、その神様はどうだった? 苔に触れて何か感じるところはあったか?」

「え? えー、えー……と……じっとりした感触と……なにかを吸い込んでるみたいな感じが、ありましたね……」

 失礼かもしれないが、ぞっとする感覚だった。

「あれは、…………そういう生き物としか言いようがないから、なにをどうこうできるとかの話じゃない、みたいな……?」

 会話が通じるとさえ思えない。環境の快/不快で動くだけの生命体に何ができるかさえ微妙だ。

「俺たちが予想していたよりも原始的な生き物のようですね」

「え、予想外すことなんてあるんですか!?」

「俺たちをなんだと思っているのやら」

 彼は紅茶を一口。その仕草は実に優美だ。

 隣のシアさんとそっくり同じタイミングなのがなんとも不思議な光景でもある。

「憑依すると聞いていたので、そこそこ高度な知性か体の仕組みを持っていると思っていたのです。情報を鑑みるに、しているのは憑依ではなく寄生ですね」

「へー……何か違うんですか? 寄生は物理とか?」

「はい。脳の一部に触手を食い込ませて感情を喰らう形の寄生です」

「…………。……アノ。ダイジョウブ、デシタカ?」

 見た瞬間にびっくりして引き抜いてしまったのだ。

 ぼやっとした状態の男女はカルミアさんに頼み、俺は神様をねちゃねちゃこねるテューバさんを止めたり、バーナーを持ち出そうとするマルクトさんを止めたりとドタバタしていたから、後のことは『大丈夫です』としか聞いていない。

「引き抜いた方がよかったと思うぞ。次第に脳がぐずくずになってしまう」

 シアさんもさらりと怖いことをおっしゃる。

「そ、そうなんすね……良かったすけど、怖いなあ……」

「肥沃な土地に根付いた時には栄養を吸い上げ、人に幸運を分け与える。枯れてきたら人に寄生して次の土地を探させる。面白いサイクルの生き物だ」

「生態系を破壊する類の生き物ですが、面白いは面白いですね。まだ生き残りがいるとは思いませんでした」

「生き残り?」

 今回の神様の親戚みたいな感じだろうか。

「昔は似た性質の生き物があちこちにいて、駆除されていった。土地が死ぬゆえ見つけ次第焼き殺せとな。……ぶっちゃけてしまうと嫌がらせには最適なのだが、一歩間違えれば自分の方が死滅してしまうから」

「協調ができない生き物は滅ぶものです。今回のものは、隔絶された島を転々としながら神として祀られていたせいで生き残っていたようです」

「はぁー……マルクトさんが燃やそうとしたのも理解できました」

 バーナーにはそういう意味があったのか。

「あれ、でもなんで保存してるんでしょう?」

 あの時は途中でイェソドさんが割り込んで、タッパーに神様を封印した。

「タッパー……さすがイェソド……」

 ほのかに嫌そうなシェル先生。水銀に変われる彼自身も何回かペットボトルや瓶に詰められたせいだろうか。いや、せいなんだろうな……

「ある意味では貴重な生き物でもあるから、封印にとどめたのだろう」

 通常の生き物でたとえれば、絶滅したと思っていた生き物が発見された感じらしい。

「……ラウルに話したら『標本にします』と喜んでいた」

「アレも揺るぎないですね……」

 ラウルさんはお二人にとってお兄さんであるが、かなりフリーダムな性格のおかげでなんとも言えない扱いをされている。

 それからいくつか世間話をしているうち、部屋の扉が開く。

「姉様、兄様。真剣なお話終わった?」

 シアさんシェルさんにそっくりなシグノくん。今日は眼鏡をかけている。

「終わりましたよ」

「うむ。おいで」

 とてとてと駆けてきたシグノくんが、シアさんに寄り添い、お腹に耳を当てる。

「何か聞こえるか?」

「小さなこぽこぽ」

「ふふふ」

 シアさんは弟の頭をそっと撫でた。

「んぅ」

 尊さを抱えて見守っていると、新たな人影。

 ミオとソフィアちゃんを連れたシュリさんが出現する。

「お父様」

 ミオは朱金の髪をおだんごにして青い花のかんざし

「超可愛いよ……!!」

「わ」

 髪を崩さないように抱きあげる。

「……シュリさんが結ってくれたの……」

「そっかぁ……シュリさん、ありがとうございます! ソフィアちゃんとお揃いにしてくださったんですね」

「はい。良いものがありましたから、二人にと」

 色違いの赤い簪をしたソフィアちゃんは、シェルさんに甘えに行っている。

「今日も子どもたちがお世話になっておりますね」

「いやそんな、俺の方がお世話になってます! 今回もミオと遊んでくださって……!」

「ミオちゃんにはいろんなことを教えてもらっているのですよ。今日はフライングバットレスについて講義をしてくれました。ね?」

 やってきたシグノくんに問いかけると、彼は深く頷いた。

「力学の美しさを感じたから、ひーちゃんに読み聞かせをねだろうと思う。ありがとう、ミオ」

「! その時は一緒に聞こうね」

「うん」

 二人とも3歳と思えない賢さだ。

 ミオを床に降ろし、シグノくんの方へ送り出す。

「……フライングバットレスってなんですか……?」

 子どもたちの会話の邪魔にならないよう、小声でシュリさんに質問させていただく。

「ゴシック建築によくある、建物の外に飛び出したアーチの部分をそう呼びます。日本語では飛び梁ですね」

 タブレットで検索して見せてもらったところ、ヨーロッパのがっしりと豪華な建物が映っている。

「あ、柱が飛び出してるみたいな……」

「ええ。このおかげで、当時としては従来よりも天井を高くした建物が造れるようになったのです。内装に大きな宗教画を描けたり、内外ともに勇壮な装飾をつけたりといった幅がでたのですよ」

「昔の人、よく考えますよね……重機もない時代にこんなに大きなものをつくって、すごいっす」

 ミオがこれをどこで知ったかとなれば、おそらくはマルクトさんやイェソドさん、あるいはその親戚たちによる英才教育だろう。

 いまはシェルさんから数学を教わっているところらしく、真剣に学ぶ娘が心から愛おしい。

「……マルクトさんに似てくれて良かった」

「? 光太さん似だと思いますよ。まーちゃんに似ていたらとっくに死人を出しています」

「…………。マルクトさんにもいいところがあると思います」

「ふふっ。もちろんです」

 シュリさんは今日も底知れない。

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