第12話:遭遇の時間

 翌朝、俺と京は、目覚めたちびっ子たちに朝ごはんを振る舞わせてもらっていた。焼き鮭とサラダと味噌汁とご飯。ごく普通の日本の家庭料理を、三人は喜んで食べてくれた。

 中でも特に、エディちゃんは朗々と礼を述べる。

「美味なり。私たち向けに塩分やメニューを調整してくださることには頭が上がらない。弟にもたくさん食べさせてくださる」

「喜んでもらえるのが一番だよ」

 ストラくんの食べっぷりは見ていて気持ちがいい。

 大人顔負けの量を食べていても、彼の気品はくすまない。丁寧に焼き鮭をほぐし、美味しそうに味わってくれている。

 ミオも京の手解きを受けながら、サラダのナッツを箸でつまんで達成感を味わっていたりする。

 子どもというのはほんとうに可愛い。

「京も、わたしの、お母さん……」

「ほんとう? うれじぃ……」

 途中から尊さの過剰摂取でどばっといってしまう京をミオが撫でる。平和を感じる。

「……王様さ、なんで朝ごはんで命懸けの《契約》結んでくるの。そこまでしなくたってちゃんと食べるよ」

「おまえが健やかに食べている姿を見ると健康になるんだ。俺の健康のためにも頼む」

「…………わかったから。王様もちゃんと食べてね」

「うん」

 朗らかなユニさんは、オウキくん相手に何か仕掛けているらしい。

 ガーベラさんも、ストラくんの面倒を見ながら食事中。

 幸福を感じていると、キュランさんが宙に浮かんでいた。

「やあ」

「おはざす。昨日は娘を見ていてくださったそうで、ありがとうございます」

「なんの。うちのおちびさんたちも世話になっているからお互い様だよ」

「世話になっている」

 エディちゃんをそっと撫でる。

「ところで」

「はい」

「……頼みがある」

「まどろっこしいことはやめろ」

 チトキさんと談笑していたトープさんが、俺の目の前に転移する。

「光太。あわびを食べたことはあるか?」

「? はい」

 京と関西旅行に行った際、名物だとのことで食べた。

「調理はできるか?」

「…………。やろうと思えばできますけど……和食ですか? それとも洋食?」

 食べてみた感じ、食感自体は大粒肉厚な貝だった。本格和食で高級食材として扱うも良し、厚みと旨みを活かして洋食に輝かせるのも良しではないかと思う。

 少し考え込んでいる様子だったキュランさんが顔を上げた。

「洋食で」

「はい」

「悪いが、今から頼めるかな?」

「ああ、はい。必要なんですね」

 よくわからないが、ジンガナさんと話していたチトキさんもこちらを見ていたから、必要なことなのだろう。

「頼む」

 トープさんが出現させた発泡スチロール箱には、つやつやと照るあわびがあった。

 鮮度と味ともに抜群であるとわかるそれには多少緊張したが、京にも助力を頼み、調理を開始した。

 しばらく経って、出来上がった料理を皿に盛り付けた途端に、光り輝く美女が降臨した。

 比喩でなくマジで光っている。

「……はじめまして、光太と申します」

「京と申します。はじめまして!」

 俺たちの方から名乗ってほしいとキュランさんに言われていたため、そうする。

日高ひだか照子てるこじゃ。苦しゅうないぞ、愛し子たち」

 あ、このひとやっぱり神様だ。ついでに偽名だ。

 魔力的なものが見える京がものすごく驚いているから、位も高い。本来ならば俺たちでは面会が叶うはずもない高位の神様だ。

 なんとか心落ち着けつつ、椅子を勧める。

「くるしゅうない。……うむ、なかなかに好き香りじゃ」

 あわびステーキにつけ合わせ野菜の一皿と、豆腐のお味噌汁と白米。そんな並びである。

 女性は、品格が香るような所作でそれらを食べ始めた。



 食事を終えた照子さんは、懐くちびっ子たちと遊んだり、リビングにやってきた悪竜さんたちを愛でたりして。なんだかんだで3時間後。

 ソファに優雅に腰掛けて、俺と京と向き合っていた。

「まれびとを相手どるそうじゃな。良いぞ良いぞ。生かすも殺すも掌中に収めるも、向き合う者の特権。大いに楽しむが良い」

 いくら親しみやすかろうと優しかろうと神様は神様なので、トープさんに通訳していただいたところ、今回の厄介な神様の件は照子さんも把握しているそうな。

「八百万の末席に加えるにはやんちゃなやつでのう。さてどうしたものかと思っておったが、人の子に任せられるのであればそれが良い! 頼んだぞ、光太に京」

「はっ、はい!」

「がんばります……!」

「畏まるでない。今日はこやつのおかげで側近をすべて撒いておるのよ」

 おねむなストラくんを膝に乗せるユニさんを指し示す。彼は『お世話になっておりますので』と涼しい顔。

「それにな。光太には我が子たちが世話になっておる」

「……?」

 一瞬不思議に思う表現だったが、この方が俺の思う女神なら、何もおかしくない。

 しかし、俺がなにをしたということに心当たりがない。

「神社で、寺で、そなたは祈るじゃろ。あいさつもする。そうするとな、弱った子も輪郭を取り戻すのよ」

「そう、なんですか?」

「存在を信じている。なぜじゃ?」

「……昔からそこにあって誰かが信じているなら、何かがきっとそこにいると思ってます」

「ふうむ。……そなたの引き抜きは今後のこととして、本題に入らねばな」

 京に微笑みかける。

「妖精たちに愛されておるな。これからも精進せよ」

「! ……はい」

「良き」

 耀く女神様は、朗らかなままに告げた。

「何があろうとも、こたび持ち込まれた神が根付くことはない。調和なく末席に加われぬのであればうち滅ぼす。当たり前のことよな」

 ステーキと味噌汁にお褒めの言葉をくださったのち、照子さんは去っていった。

「前々からキミたち夫婦に会いたいとおっしゃられていて、今日が来られるタイミングだからと降臨なさった。お忙しい方だからね」

 キュランさんが言うところには、サガラさんの紹介で照子さんと出会ったのだそう。

「ユーノとベラちゃんとおちびさんたちが旅館に泊まっている時に、僕とトープ含めて紹介してもらったんだよ」

「だから双子ちゃんともお知り合いだったんですね」

 京が呟くと、キュランさんはにっこりと頷く。

 ちびっこ三人はユニさんガーベラさん&テューバさんに見守られ、和室でお昼寝中である。

「凄まじい女神様だよ。恐ろしいとも言える」

「キュランの感想はともかく、畏敬とはああいう神様相手にこそするものだな」

 トープさんも深く頷く。

 しかし、一転して心配そうにチトキさんを見つめる。

「オウキは大丈夫か?」

「うん。ジンガナ様も見ててくださってるから」

 体調を崩しただとかではなく、現段階で照子さんを直視してはまずいと判断したのと、集まりが苦手で疲れていたのとで、客間で休んでいる。俺と京が照子さん向けの食事を作り始めた頃から。

 神秘が見える《炉神の瞳》は、扱いが繊細な異能だそう。

「……京は、大丈夫だった?」

 妻も同じものを持つ。見た限り心配は少ないと思うのだが……

「あっ、うん! 大丈夫……だったよ。圧倒されたって感じかな」

「そっかあ。良かった」

「心配してくれてありがと」

 お父さんより見える範囲弱いからね、と笑う。

 ……お父さんと呼ぶオウキくんが記憶を取り戻しはじめたことを、妻はまだ知らない。

 しかしながらオウキくんだし、彼の周りにはチトキさんもジンガナさんもいることだしで、きっと良きタイミングで明かすことだろう。

 そんなことを思っているうち、ジンガナさんに抱っこされて本人がリビングにやってきた。

 チトキさんが満面の笑みで撫でに行く。オウキくんがちょっと眠たそうで恥ずかしそうなのが最高に平和だった。

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