第11話:会議の時間

「結局泊まりになっちゃったわね。ありがとう」

 リビングで、ネグリジェにガウンのガーベラさんが微苦笑する。

 いま、客間にはちびっ子4人+三毛猫が就寝していて、魔導書三人組が見守ってくれている。

「俺らも嬉しいっすよ。あんなに大はしゃぎして楽しんでくれてるんですもん」

「そうですそうです。尊くて嬉しいですよ!」

 俺と京も寝巻き姿にパーカーやカーディガンを羽織っている。

 ガーベラさんの隣のユニさんも、パジャマにガウンだ。白ワインを雅やかに乾して微笑む。

「お世話になってばかりだな」

「私たちの方が、お世話になってます」

 何度も繰り返すこのやりとりがいっそ心地よいほど、このご夫婦にはお世話になっている。

「……ガーベラさんが捕まえた男女は、どんなふうでしたか」

 俺は話を切り出すのが下手だ。

 自然に聞くなんてできないから、いっそストレートに聞いてしまう。

 ガーベラさんもそれをわかってくれているから、同じストレートで返してくれた。

「大学生の日本人二人。性格が悪いわけではないけれど、言ってしまえば騙されやすい、染まりやすい純朴な性格。決して余裕がある生活をしているわけではないうえで、『恵みをもたらす』とされる東南アジアあたりの名もなき神様を信奉していたわ」

「恵みを……」

 京が呟いたのは、いま悪竜さん部屋にいるジンガナさんを思い浮かべたからだろう。神の位として最高峰である女神様は命育む太母だ。

「ジンガナ様とは比べものにならないくらいに力は低いわ。名もなきとつけているくらいだから。……アリアなら名前がわかるかもしれないけれど」

 シェルさんはご家族を連れてドイツに滞在中だと聞いている。

「翰川先生から聞きました」

 なんでも、理系分野のさまざまな研究者が集まってのワイワイ楽しいお祭り学会(翰川先生曰く)が開催されているそうで。珍しく上機嫌らしい。

「名前がわかる必要がないなら、大丈夫っす。シェルさんいつも忙しいですし、楽しんでるところに水をさすのもあんまりなんで」

「あら、ありがとう」

 俺とガーベラさんのやりとりを前に、京が何やら思案していることに気づいた。妻は俺などよりよほど思慮深く、頭の回転も速い。

 そして覚悟を決めるのも速い。

「神様を殺す必要が出たら、任せてね」

 俺を向いてそんなことを言うものだから、思わず抱きしめる。

「きっと大丈夫だよ」

「……ん、ぅ、ふ」

 俺たちのことをユニさんがにこにこと眺めている。

「素晴らしい覚悟だ、京。しかしこの件でおまえに罪を背負わせるにはあたらない。殺すなら俺たちが実行するよ」

「そうそう。殺害依頼じゃないから安心してちょうだいね」

「あざす」

 話は先の神様のことに戻る。

「コード世界にいる神様は、状態が良くないことが多いの。今回の神様もそんな感じね」

「サガラさんみたいな強い神様とは違うってことですね」

 京が言うと、ユニさんも頷く。

「彼は天から降りた力ある神で、いまも地元で祭が開かれているほどだからな」

 サガラさんは中部地方のとある山一帯を統べる水神様、龍神様だ。

 彼の奥様は大学の同期であり、俺や京の友人である佳奈子と仲良し。その縁あって、地域のお祭りの時期に招いてもらい、サガラさんの運営する旅館に泊まらせてもらったりとしたのだ。

「今回の神様には地縛霊や憑依霊のような性質があるみたい」

「ん……? なんだか、矛盾してません……?」

 地縛霊はその場所や土地に取り憑く霊、憑依霊は人や動物などに取り憑く霊というイメージだ。もちろん神様なので霊ではないのだが、そうたとえに使う以上、近いものはあるのだろう。

「段階があるみたいで。土地に根付いていたらガッチリべったり取り憑いて離れず栄養を吸い上げて、土地が枯れたら人間に取り憑いて他のところへ移動するみたい」

「あぁー、そういう! うわあ、良くない部類ですね!?」

「ええ。信者に幸運をあげるタイプだけど、ちょっとした小金が入りやすくなるくらいの力しかない割に土地を干上がらせる能力が高いわ」

「言っちゃあ悪いですが人間社会とそりが合わない感じすか! これは困りますね!」

「困っちゃうわよね」

 ガーベラさんも苦笑しているのは、おそらく神様が生まれつきそういう性質で……実質どうしようもないからなのだろう。

「……神様に意思はありますか」

「生存本能と学習能力なら。あれはもう、ほんとうにそういう生き物だと思った方がいいわね。上手く標本にできたらいいのだけれど。あなたたちに負担はかけない。いざとなれば私が殺すわ」

 優美な笑みのままそういう彼女なら、宣言通りにそうするのだろう。

「俺がすべきことは、取り憑いてる神様を引き剥がすことで。それができなかった場合は……」

「心配いらないわ。大丈夫」

「……わかりました」

 俺はガーベラさんを信じている。

 10本目のワインボトルを開けようとしていたユニさんが、ふと立ち上がって廊下へ歩いていく。

 ランプを抱きかかえたオウキくんと、その足元で先導するように歩く三毛猫。少し後ろにチトキさん。

 ユニさんは穏やかに声をかけ、ランプごとオウキくんを抱っこした。

「どうした、オウキ」

「……おはなし、したいのに……ねむ……」

「ふふ。嬉しいことを言ってくれる」

「んー……」

「よしよし。おまえは今日も愛くるしい」

 寝落ちするオウキくんを、ランプから砂の手が伸びて優しく撫でた。我が家の悪竜さんのタミルくんは、オウキくんと仲良しなのだ。

「すみませんね、7代」

「かまいません。俺にとってもこの子は子や孫のようなものです。……少し客間の様子を見てくるよ」

 俺たちの方を振り向いて言った。

 ユニさんは子ども好きで、面倒見の良い人だ。

 ……オウキさんの記憶を取り戻したことを知っているのだろうか? いや、たぶん知ってる。

 そんなことを考えていると、ガーベラさんは新しいワインボトルを数本テーブルに出して京に見せるところだった。

「二人ってお酒は飲まないけれど、ジンガナ様と悪竜たちは飲むわよね?」

「はい。よく飲んでます。助かります!」

「ふふ。それとね? こっちがリーネアおすすめの、料理に使うと美味しいワイン! 京と光太にプレゼント」

「わー……! いいんですか、こんなに……!」

「もちろんよ。前から渡そうと思っていたし、宿泊の手土産にどうぞ」

「ありがとうございます!」

 俺も考え事を打ち切って会話に加わる。

「いつも色々くださって、本当にありがとうございます」

「いいのよ。あなたたちのお陰で元気になった悪竜が多いのだもの」

 ガーベラさんの背後から、めーちゃんが浮遊して現れる。そして抱きつく。

「なあに、めーちゃん」

「こんばんは」

「うふふふ、こんばんは♡ 盛り上がってたわね」

「B級ホラー映画がヒットしたのー」

「あらあら。どんなお話?」

「巨大化したカブトムシが大量発生するパニックホラー。チープなCGとシュールなストーリー、演技力にムラのあるキャストに味があった」

「素敵ね」

 悪竜さんたちは週に2回ほどの頻度で映画鑑賞会を開催しており、今日もそれだった。ジャンルや出来を問わずいろんな映画を見ている。

 めーちゃんを追いかけるように出現したのはワグニくん。

 特に理由もなく浮遊で移動する彼は、ご機嫌にごあいさつ。

「ちわちわ!」

「ええ、こんにちは、可愛いワグニ」

 愛深き彼女とその旦那さんは、我が家の悪竜さんたちをとても可愛がってくれている。めーちゃんが性質を制御できるようになった時も、ワグニくんが聞き取り可能な言葉を喋れるようになった時も、お祝いに駆けつけてくださった。

 だから、お世話になってばかりだなと、京と二人で思うのだ。

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