第18話:友情の時間

 ローザライマ家でお昼ご飯を用意してくださると言うので、それまで俺は、お染さんとミオとで客間に待機させてもらっていた。

「なにか頼み事がおありですよね」

 バイクに飛び乗られた時から予感がしていたのだ。

「うん。よくわかったね」

「異種族さんとの契約や取引について、スィエテさんからいろいろ教わっていまして……」

 お世話になりっぱなしの悪魔さんの愛称を出すと、お染さんは眉をひそめた。

「……7のにいさまにお世話になって大丈夫? まだ人間?」

「人間です」

 ベッド際に座り、寝転がってごろごろするミオの手を握る。

「ね、ミオ。お父さんは人間だよね」

「ほんとに?」

「疑わないで。人間なんだよ。ほんとだよ」

「不毛なやりとりになりそうですから、いちおう人間ってことにしてあげましょうね」

 一応なんていらないくらい、俺は実に普通の人間である。

 膝に頭をのっけてきたミオを撫で回す至福。

「光太くんは、きょうだいをたくさん助けていると聞いています。そこで。悪竜ではないけれど友達を助けてほしいの」

「はい。どんな困りごとでしょう」

「…………。即答するのね」

「人を助けられないくらいなら死にます」

「まあ……すさまじい」

 袖で口元を隠す仕草、皇妃様と似ている。

「では単刀直入に言いましょう。助けてほしい子は人魚なの」

「人魚。どんな人魚さんですか?」

「あなたの大学で泳いでいる」

「あーっと……魔術学部書庫のユリミスさんですね?」

 魔術学部の地下に住まうミオも反応する。

「……お友達なの?」

「ええ。自慢の友人にして、大いなる恩人です」

「!」

 お染さんに手を伸ばす。

 柔く笑って握り返す。

「病気……? ケガ……?」

「……いいえ。ユリちゃんは健康よ。彼女は歩きたいのです」

「…………応援する」

「ありがとう」

 俺も応援したい。

 しかしながら、ユリさんの父君が気になる。

「このことは、ファレテさんもご存知ですか?」

「今回あなたに話を持ち込む上で許可を取った際、渋りに渋っていました。が。ユリが本当に歩きたいと思っていることもわかってらっしゃるので、最後には頷いてくださった」

「……そうでしたか」

 ならば心置きなく腹を括ろう。

「俺に依頼をする上で、詳細を事前に話すか話さないかというものがあります。どちらにしますか?」

「今回は、ある程度話した方がいい案件。いろいろ準備をするから、詳細はまた後日。報酬含めて資料も持ってきます」

「うす」

 しばらく経って、ノクトさんから夕食ができたと伝えられた。



 メカジキのソテー、新鮮生野菜サラダ、コンソメスープ。食後のデザートに濃厚ミルクプリン・ベリーソースつき。

 味も見た目も美味しいものばかりであった。何より、食べやすいように大人と子どもで味付けや盛り付けを変えるその心遣いに嬉しくなる。

「モネちゃん好き」

「嬉しい。私もミオが大好きよ」

「あーちゃんも大好き」

「ありがとうございます」

 感動したミオが、昼食を作ったアネモネさんと、デザートを作ったシェルさんに告白しにいっている。

 お二人ともミオを撫でまわして愛でてくださる。

「レシピ、お父様に教えてほしいの」

「いいわよー。あとでメールしておくね」

「恐縮です……!」

 ミオがお願いしだしたので、慌ててそばに行く。

「お気になさらず。喜んでもらえるのは嬉しいことです」

「ぷりん♡」

「お土産にいくつかあげましょう」

「!! ぷりん♡♡」

「お母様や伯父様と食べるとよろしい」

「ありがとう!」

 妖精さんの系統であるミオは乳製品好きで、今日の絶品ミルクプリンにメロメロである。

「何から何まですみません……ありがとうございます」

「いいのいいの。こんなに喜んでもらえて、作った甲斐があるわ」

 膝上のミオに、お姉さんになったわねーと微笑みかける。

「♡」

 アネモネさんにすりんと頬擦りするミオ。妖精さんの仕草。

「温泉にも入りましょうね」

「いっしょに、入ってくれる?」

「もちろん! 光太、いいかしら」

「むしろお願いします。本当にお世話になってます……!」

「ありがと。うふふー。楽しもうね、ミオ」

 盛り上がる二人のそばに、ソフィアちゃんがやってくる。

「お風呂なの?」

「ええ。お腹が落ち着いたら入りにいくつもり。ソフィアも一緒にくる?」

「うん」

 ソフィアちゃんの母たるシアさんもそばにやってきて、わいわい話し始めた。

 女性たちが集まると華やかだなー、なんてことを考えているうち、肩をつつかれて振り向く。

 マヅルさんが立っていた。

「!?」

 夕食の場にいたのは鬼の一族+俺&ミオ。天神族やユングィスの皆さんはとっくに帰ったと思っていた。

「いちど、帰ったのだが……フユから、『今日のお礼とお詫びをするまで来なくていいよ』と言われた」

「あ、ああ……そういう感じですか」

 奥方のリフユさんは、旦那さんのコミュニケーションを改善するために厳しく接することがある。

「うむ……宿から追い出された」

 彼は遠い目をしていたが、すぐに俺に向き直る。

「しかし、確かに、そなたには丁重に礼をすべきだ。足りない私を補ってくれる妻に感謝している」

「お礼って……今回何かしてるってわけでも、」

「ひしぎのことだ」

 そう告げると、彼の影から娘さんが出現する。

「私が探しにいくべきであったのに、動いてもらってありがとう。後でお金を振り込んでおく」

「……依頼されて書面がないと、」

「つくっておいた。後日、それについては話をしよう。……ひしぎ? なにか言いたいことがあったのではないか」

 人見知りして隠れる娘さんに、柔らかに声をかける。

「……うん」

 半ば浮遊していたのを止め、ひしぎさんが俺の前に歩いてくる。

「握手、しましょ?」

「はい」

 差し出された手を握る。

 繋がった手から神秘が吸い出されていくのがわかったので、シヅリさんに頼んで出力をあげる。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 俺の能力的に、握手を求められて断る理由はない。

「愛人の採用はしてる?」

「していません。どうか素敵な人を見つけてください」

「ざんねん」

「ひ、ひしぎ……!」

 焦るマヅルさんの元へひしぎさんが帰っていく。

「お父様、光太はいい子ね」

「そうだがっ、いきなりああいうことを言うものではない……デフラグもあんなに吸い上げて……」

「大丈夫っすよ。よくあります」

「よくあるのもどうかと思うぞ……!?」

 慌てるマヅルさんは、少しばかり顔色が悪い。彼にとって、叱る・怒るという行為は苦手とするものだろう。

「マヅルさん。やっぱりカルミア先生とお話ししてきた方が良いですよ」

 断片的に聞く彼の過去と、今日の出来事を思い返すに、精神に相当な負担がかかったのではないだろうか。

「む、う」

「ひしぎさんも。あなたをアリス先生も心配していらっしゃるので、ぜひお父さんと病院に行ってみてください」

「! わかった。お父様、一緒に行こうね」

「……うむ……」

 呼吸を整えると、マヅルさんはいつもの物静かな雰囲気を取り戻した。

「お染さんから聞いたが、ユリミスの件、全面的に協力する。……私の出番はない方が良いが、必要になったと判断したら呼んでおくれ」

「判断……シェルさんとか、専門的な人に頼って呼んでもらう形になるかと」

「それで構わない。……む」

 シグノくんを肩車したシェルさんが、紙袋を差し出す。

「俺かアリス姉、あるいはファレテ伯父といった面々で判断いたします。こちら、お土産にどうぞ」

「ありがとう。いつも世話になっている」

「お気になさらず。もてなすのは当然のことです」

 マヅルさんはひしぎさんとともに頭を下げ、転移で去っていった。

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