第9話:法律の時間

 お昼寝タイムなちびっ子たちを、帰還したジンガナさんと悪竜さんたちに任せ、話題は大人の経済的なお話に。

「あー、客間二つ欲しい〜……! 最低5LDK!」

 俺と京の部屋それぞれと悪竜さん部屋、残るは客人が来た時のためのスペース!

「もうマンションを買った方が早そうだけれど、大きな買い物だものね」

 ガーベラさんはシャンパンの入ったグラスを片手にくすくすと笑っており、暴力的なまでに美しい。

 隣のユニさんは赤ワイン。

「やはりここは俺が買って渡すべきなのでは?」

「それはべきじゃないっす! 気持ちだけ受け取っておきますありがとう!」

 金を金とも思わない金銭感覚のこの人、ある日突然『マンションをあげよう』と言ってきておかしくない。

「一軒家も視野に入れたいですが、できないんですよね……」

 京の呟きは、俺たちが引っ越しを考え始めた時に知った法律のこと。

 異種族が住む場合、一軒家は持てない。また、マンションを買う・借りるにも2階以上でなくてはならない。そんなルールがあるという。

 これを知った時はまるで怪談か都市伝説のような話だと思ったが、歴とした法律なのである。

「ふふ、悪竜たちがいるものね」

「理由があるんすかね」

「土地に居つくと厄介なのよ」

「……地縛霊みたいな?」

「近いところあるかも」

 くいっと酒を飲む仕草にさえ気品の宿るガーベラさんと、その隣でこれまた優美にグラスを傾けるユニさん。

「土地の所有とは、縄張りを手に入れるということだから、良くも悪くも引き剥がすのに苦労する。それを避けるためにそういったルールがある」

「……なるほど。普通に引っ越そうとしても、魔術的な儀式を経てからですとか、そういった風に?」

「その通り。さすが京」

 ユニさんは嬉しそうに、京のコップへざくろジュースを注ぐ。

 恐縮しながら受ける京。

 事業を起こして売ったりするあれこれの際には、ユニさんから資金援助やアドバイスを受けていたから、師匠と愛弟子なのである。

「しかし、広い家に越すとなると、二人の子どもがますます楽しみになってくるな」

「そうねえ。きっと元気で可愛い子が生まれるわ」

「んっ……く」

 危ない、むせるところだった。

「光太を押し倒す計画はしっかり立てています」

「京さん?」

「必ずや年内に」

「京さーん!? 酔ってる!? ユニさん間違ってワイン注いでないですか!」

「注いでいないはずだが……」

「そうねえ」

 ガーベラさんとユニさんは近くのボトルのラベルや京の飲んでいたグラスを検分中。

「心配をかけてごめんなさい。酔っていません! 人前で宣言することにより証人をつくる戦略です!」

「そんな京も格好いいよ……!」

「お似合いの夫婦ねえ」

「ああ」

 こういう話題を話せるようになったことに、大人になった実感が湧く。

 そういえば。

「……ユニさんはある意味王城からほかへ引越ししたんですよね。その時も儀式ってしたんですか?」

 竜の国の王様だったユニさんは、娘さんに王位を譲っている。

「うん。戴冠式がそれにあたるよ。《王城の主人》をミミルに引き渡すものでな……あの時のミミルは立派だった……」

「ミミルさんの晴れ姿ですか」

「さぞかし美しかったでしょうね」

 京もうんうん頷きながらそういうと、ユニさんとガーベラさんは微笑む。

「そうだ。京たちにも見せてあげよう」

「いいわね」

 二人が虚空から取り出した数冊のアルバム、そこには絵取りと呼ばれる写真がたくさん貼られていた。

 壮麗なステンドグラスの広間で、女王となったミミルさんが映っており、恐ろしくさえあるほどに美しい。

「わあ……」

「おおお……」

 戴冠式に参列している人々の中には、ユニさん夫婦はもちろんそのお子さんたちや、ハイドラさんなどなど、知った顔が見えた。

 式後のパーティーかなにかの写真では、ミミルさんがご家族にとても愛でられており可愛らしい。

「ミミルさん素敵です……女王の威厳と普段の可愛らしさのギャップでご飯3杯食べられる……」

「京ったらいける口ね。そうなのよ、ミミルいつも可愛いのに、国を背負って立つ時は誰より綺麗で格好良くて♡ ユニとよく似てるの」

 京とガーベラさんがミミルさんの魅力談義を始め、ユニさんはほっこりしている。

「娘の魅力が伝わって嬉しい」

「愛ですなあ。俺たちのところにも、たまにお手紙やメールが届きますよ」

 主題としては俺たちの生活や悪竜さんたち・ちびっ子たちの様子を気にかける文章だが、旦那さんと息子くんとらぶらぶな様子が垣間見えるので、京と二人で読むたびきゅんとしている。

「ハルトくん大きくなっててめっちゃ可愛いす。そろそろお兄ちゃんになるんですね」

「毎日ミミルのお腹に耳を当てにくるそうだよ」

「ああー……心温まります」

 話していると、積んであるアルバムに紛れていた黄色の魔導書が開き、紫電の髪持つ美女が現れる。

 ユニさんの保護者:トープさんである。

「お邪魔する」

 仲の良い京がパッと笑う。

「こんにちは。今日もお綺麗です」

「おまえのほうがますます美しくなっている。鏡を見せながらその可憐さを教えてやりたい」

 あ、負けた。顔が真っ赤。

 まあまあ、そこは京と仲良しなトープさんだから良いとして。彼女が現れたのならもう一人も起動するだろう。

 程なくして白い本がテーブルに浮かび、オーロラの髪の美青年が飛び出す。キュランさんである。

「みーせーてー」

「どうぞ」

「ありがと」

 ユニさんからアルバムを受け取り、宙に浮いたままめくり始める。

 そのうちジンガナさんとちびっ子たちもやってきて、また賑やかになっていった。



 さて、話しているうち良い頃合いになったので、夕食の準備。

 子ども向けメニューの一つには、茹でじゃがいもと片栗粉で練ったペーストを、ちびっこたちに丸めてもらっていももちに。甘塩っぱいソースやら、チーズやらと絡めて焼き目をつける予定だ。

 三人でわいわい盛り上がってくれるものだから、見ていてこちらが幸せになる。

「北海道料理ね」

「そうっす」

 メインディッシュはハンバーグ。ガーベラさんと俺とで手分けしてつくる。大人向けと子ども向けで塩分量を変えているものだから、人手があるのはありがたい。

 京はサラダ、ジンガナさんはお味噌汁を準備中。手分けをするとこんなに速い。

「……俺もなにか手伝いたい……」

「おちびさんたちを見てようね」

「今日は調子が良くないのだから、じっとしていろ」

 ユニさんのことはキュランさんとトープさんが見てくれている。

 調子が良くないというのは体調ではなく精神面の話で、『家事に類することをさせられない』と、トープさんの判断でストップがかけられた。

 こちらとしても、食卓塩を握っただけでフリーズしてしまう状態の方に無理はしてほしくない。

「ガーベラさん、焼くの俺がやるんで。ユニさんとこ戻ってあげてください」

「大丈夫? 量が多いけれど……」

「はい。オーブンで焼きますんで!」

 悪竜さんたちの分も含めて、コンロではなくオーブンに並べて一気に焼く。

「そう。じゃあお任せするわ」

「手伝ってくれてありがとうございました!」

 ガーベラさんは手を丁寧に洗ってから、ユニさんとちびっこたちのところへ。

 味噌汁の火加減を京に任せたジンガナさんがそばにくる。

「並べるのを手伝いましょう。玉ねぎを敷くのですね?」

「はい。お願いします!」

 天板に並べていくうち、新たな声。

「おー、いいにおい!」

「不法侵入だよ……」

 キュランさんとトープさんと同じく、魔導書から飛び出しているチトキさんと、その腕に抱っこされるオウキくん&三毛猫。

「いらっしゃい。気にしないで。俺ら慣れてるよ」

「慣れるのはどうかと思う……」

 ユニさんたちも玄関を介さず出現したからなー。

「こんにちは、チトキさん」

 ガーベラさんはユニさんを撫でながらご挨拶。

「や、ベラちゃん。今日もゆっくんとらぶらぶだね」

「そうなの。仲良しなの♡」

 トープさんたちとも朗らかに話し始めたことだし。

 オウキくんとチトキさんにも、ご飯食べて行ってもらおうかな。

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