第8話:相談の時間
本日の相談内容。
「前から話していましたが、引っ越し予定です。今日は悪竜さんたちの暮らしやすい家にアドバイスをもらいたく!」
「あの子たちのこと考えてくれて嬉しいけれど、自分たちの生活も大切にしてね?」
「もちろんです」
その上で悪竜さんたちのことも大切にしたい。京とも話して一致しているところだ。
膝上のミオが俺をじっと見上げる。
「悪竜さんげんき?」
「元気だよー。今日はジンガナさんと一緒に造幣工場……お金をつくる工場の見学に行ってる」
「! お金、つくれるんだ……」
「国がつくってるものだから、勝手につくったらダメだけどね」
「お母様と伯父様にも教えてあげなくちゃ」
「……そうしてあげて」
マルクトさんはともかく、イェソドさんはやりかねない。
「いまいる悪竜たちは9人だったかな」
「ってことは広いお家にするのよね」
「うちのマンションはどうだろう」
「いやー……価格が……」
ユニさんたちの住むマンションを興味本位で検索したら、賃貸ではなく分譲。そして金額が恐ろしいことになっていた。
京も苦笑いで言う。
「私たちも将来どうなるかわかりませんので、20そこらで買っちゃうのは難しいですね」
「そうか」
「悪竜さんたちは空間を改造してしまえる方たちですから、部屋数がたくさん必要なわけではないんです。ただ、みんなで集まるリビングは広くしたいねって」
いまのマンションは俺が学部時代から借りている賃貸。当初は俺のバイト代で家賃を払っていたが、紆余曲折あって今は俺のバイト代と京の不労所得で支払っている。
「そういえばここ事故物件だったのよね?」
「ではないんすけど、住んだ人がみんな3ヶ月以内に出ていく謎の一室でした」
「……いっそ本当に事故物件であってくれたほうが安心するわね」
「そっすね……」
お陰で家賃は学生のバイト代で支払えるほど安い。
「リビングが広いおうちとなればやっぱりお高いですが、ミオとちびっ子たちが集まってくれることも考え、過ごしやすい家にしたいですね」
ミオは京の膝に甘えに行っている。
「過ごしやすい家となって思い浮かぶのは、ユニさんガーベラさん宅なんです」
「嬉しいな」
「そうね。嬉しいこと言ってくれるわ」
調度品が最高級のそれであることは素人が見てもわかるのだが、雰囲気が違う。品がよく、それでいて親しみある暖かな空気が漂っている。
「家具のカタログを持ってきたの。みんなでいろいろ見ましょう?」
「わー、ありがとうございます!」
高級ラインからカジュアル、ユニーク家具などあれこれのカタログは、見ているだけで面白い。
「おお……こたつ系家具……!」
最近のこたつは魔法の力によって温めるので天板下がスリム。デザインもスタイリッシュだ。
しかしこれを置いたらこたつの住人になってしまいそうで……!
「悪竜たちは喜ぶと思うぞ。紹介してやってほしいな」
「ですね」
竜の方たちは寒がりが多い。悪竜さんのお部屋に設置するのは大歓迎だ。
「そいえば床暖房ってどうですか」
ユニさんたちのお家はあちこちに床暖房がある。
「快適だよ」
「子どもがいると床に寝そべることが多いから、寒い季節にはお役立ちだったわね」
確かに子どもは床で遊ぶし寝そべる。
ミオと、将来の子どものためにも、リビングや子ども部屋に用意するのもいいかもしれない。
「こたつ、こたつ。あたたかい」
カタログの文言を読み上げるエディちゃんに、ユニさんは微笑んで手を握る。魔力の瞬きで何か伝えているようだ。
ガーベラさんはストラくんにお菓子を食べさせて微笑む。
ほっこりする。
「ケーキの椅子可愛いね。ミオが座ってるところを写真に……」
「おちついて。この椅子見た目重視で実用性がないよ」
「それでもほしい……!」
ユニーク家具カタログを見る京はミオの可愛さのあまり衝動買いしかけている。ミオが冷静に止めているのが幸いだが、3歳と思えない冷静さ。母親の教育が良いからであろう。
ストラくんがひょこっと覗き込みにいく様子が可愛くて可愛くて。
「平和だ……」
幸福が満ちた空気を吸うのは健康にいい。
「お父様、愛している。結婚してほしい」
「ありがとう。俺も愛している。しかしガーベラと結婚しているので結婚はできない」
…………。
時が止まったことを錯覚するような驚愕が走る刹那、エディちゃんに話しかけられたユニさんは朗らかに対応した。
エディちゃんは続いてガーベラさんに告げる。
「お母様。好き。結婚してほしい」
「……ふふ。ユニと結婚してるからできないわね」
淡々と頷き、俺と京とミオを向く。
「弟含め、常々お世話になっている。礼を言う」
「こっ……こちらこそ、ミオと遊んでくれてありがとうございます」
「そうですそうです。甥姪もエディちゃんのこと大好きで」
「エディちゃん!」
俺と京が、エディちゃんの風格にわたわたとしていても、ミオは喜びのままにエディちゃんに抱きつく。
「……ミオ。いつもありがとう」
「私も、ありがとう。エディちゃんもストラくんも、大事な友達だよ」
「うん」
チョコクッキーを食べるストラくんも近くへ寄った。
「姉さん、話す気になったの?」
「心の整理がついたのでな」
「めでたい」
二人とも子どもらしからぬというか……
「……ど、どうしよう……お赤飯とか、ケーキとか、お祝いを用意したほうがいいですか?」
あまりの驚きと喜びにまだ心臓がうるさいまま、ガーベラさんに問いかけると、彼女はくすりと微笑んだ。
「気持ちは嬉しいけれど落ち着いて。お祝いはミオからのハグが一番よ」
「……そうすね」
幸せそうだ。
京もあまりの尊さに滂沱の涙。
「生きてて良かった……」
ほんとうに、みんなこうして元気に生きていて良かった。
「いつも可愛らしいと思っていた。やっと伝えられる」
「……ん……」
「戸惑う姿も愛くるしいな。これからも仲良くしておくれ」
クッションソファに座るエディちゃんとミオ。
「お父さん似なんですね」
京が呟くと、ユニさんは照れっと嬉しそう。
「そうなんだ。体質も俺と同じで…………苦労させてしまった」
「苦労など何もない。成長には時に痛みと苦しみが起こるもの、それはどんな生命体であろうとも同じだ。私はあなたたちが両親であることを誇りに思っている」
抱きつくミオを撫でながらこの言葉。気品と風格含め、ユニさんの真っ直ぐストレートな好意と誠意が見事に受け継がれており、身震いするほどだ。
「ケーキうまー……! 京さんありがとー」
大人たちの間に挟まるストラくんはガーベラさんと同じ体質なのだそうで、よく食べる。幸福に満ちた笑みで美味しそうにするものだから、お菓子を用意する側は食べっぷりを見ていたくなるのだ。
いま彼が食べているフルーツパウンドケーキを焼いた京も、ふんにゃりと笑っている。
「美味しく食べてくれて嬉しいよー」
ガーベラさんが柔く微笑む。
「いつもたくさん用意してくれて、ありがとうね。京も光太も料理上手だからすごく助かるわ。これ、少ないけれど」
「大丈夫ですよ。いつも食材送っていただいていますから、今回もそれで作ったんです」
「でも、悪竜たちもお世話になっているのだし……断るとユニがあなたたちの口座にすごい額を放り込むわよ?」
「……ではその。ありがたく受け取らせていただきます……」
「良かった☆」
小声で交わされる女性二人の会話は、ストラくんの口周りを拭いてやっているユニさんだけつゆ知らず。
なんとも言えない感じのユニさんだが、鈍感であることが無意識の防御策であることは俺も知っていた。
「……どうした、光太?」
「クッキーうまうまだったよ」
「なんでもないっす。お口にあったようで何より」
親子よく似た笑みが返った。
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