第5話:歓談の時間

 病院からのプリントに載せていない細かな情報について、リーネアさんからもいくつか話があった。彼は飛び級に飛び級を重ねて難関大の医学部を卒業し、現在は啓明病院に勤めるお医者さんをしている。

 ついでに、前職が特殊なセキュリティ関連であったために警察とパイプがあるし、そういった知り合いも多いのだ。

「シールの手口は位置を知らせて誘拐しやすくするためだが、誘拐目的じゃないやつらなんかは皮膚が爛れるようなのをいきなり塗りつけようとしたりで……俺が駅で捕まえたやつは『神秘持ちならすぐに治る』だとかいう言い分だったかな。手口はまとめたから、目を通しておいてくれ」

「うええ? 治るわけないじゃないすか」

 思わず素で反応すると、彼は重々しく頷いた。

「たぶん、コード持ちの副作用がいろいろ勘違いされたんだろうな……」

 コード持ちの副作用は自己再生。確かに傷は治るが、回復力が高まっているのではなく、体を元に戻している。成長期が重なると激痛と発熱が起こってしまう、たいへん危険な副作用だ。

「警察に突き出す前、そいつの記憶には消えない傷を刻んでおいた」

「よくやった」

 マルクトさんは深く頷く。

「ところでここに来たがる客人が二人到着している。おまえの友達?」

「ああ。悪いやつじゃないし、今回の件の対応でアドバイザーになってくれてるやつだから、良ければ入れてやってほしい」

「わかった」

 少し経って会議室へやってきたのは、エドさんことエドゥアルトさんと、リヴィさんことオリヴィアさんご夫婦。リヴィさんのお腹はふっくらとしている。

「はじめまして。私はエドゥアルト。特技は戦争です」

「オリヴィアと申します。特技は情報戦争です」

「…………そうか」

 マルクトさんは、滝汗のリーネアさんへ優しい眼差しを送る。

「リナリアは、……大丈夫か?」

「言葉を選ばれてる感じがめっちゃ傷つく……」

 そんな空気をものともせず、シュリさんがそそと歩み寄る。

「エドくん、リヴィちゃん。こんにちは」

「! こんにちは、シュリさん。この間は美味しい寒天をありがとうございました。妻も喜んで食べておりまして……!」

「そうなんです。ほんとうに助かりました」

「つわりは大変でしょう。食べられるものが見つかって、私も我が事のように喜ばしゅうございます」

「はい。おかげさまで、炎上アカウントを特定したり、詐欺師や犯罪者を追い込んだりと、日々楽しく過ごせていますよ!」

 さすがリヴィさん。

「ふふ、調子が出てきたみたいで安心」

 さすがシュリさん。

 リーネアさんの顔色は悪くなるばかりだ。しどろもどろで弁解中である。

「あの、その。大尉、いや、エドゥアルトとオリヴィアは……この手の話題を何とかするの、頼れるんだ」

「……わかっている。おまえの友達なのだから良い子たちだろう」

 誠実さでマルクトさんの信頼を勝ち取る。これがどれほど難しいことか、ここ数年で俺もわかってきている。

 半分泣きそうだったリーネアさんがほっと息をつく。

「……良かった」

 話に花を咲かせるリヴィさんとシュリさんをそのままに、エドさんがこちらへやってくる。

「私たちは自分のできることをして子どもたちを守っていきたいと考えておりまして。それについてお話をと、リナリアから紹介されました」

「軍仕込みの防犯ということだな。どのように?」

 興味を持った様子でマルクトさんが問うと、エドさんはさらりと説明してくれた。

「娘の通う学校には寄付を入れておりますし、同級生の親御さんの勤め先にも寄付や株購入をしております。対人において弱みを握ることは鉄則です」

「ちょっと黙ってくれナチュラルサイコ」

 リーネアさんは焦った様子でマルクトさんを振り向くが、呆れ気味な彼女はぽんと頭を撫でた。

「ナチュラルサイコなんてあだ名のやつを紹介するつもりなら先に覚悟をしておけ」

 確かに。

 続いて、エドさんを見やる。

「……おまえ、星屑竜リンドブルムか?」

 エドさんは超高層を超高速で飛べる小型のドラゴンである。その瞳はマルクトさんやシグノくんとおなじ《星眼》。

「ご存知でしたか」

「ああ。今度、飛ぶ姿をスケッチしたい」

「わかりました」

 頷き、静かに呼びかける。

「話をしたい。シュリとそこの精霊もだ。皆できるだけ倫理を取り入れて話しておくれ」

「なるほど。つまり日本国憲法の抜け穴を探すという解釈でよろしいですか?」

「何もよろしくない」

 ……うーむ。

 しかし俺ができることはもうないし、ツッコミはマルクトさんとリーネアさんでなんとかなるはず。そう判断し、ことわってから会議室を出た。



 エドさんリヴィさんが来たということは。

「光太、久しぶり」

「おひさし、ティアナちゃん!」

 お二人の愛娘:ティアナちゃんもやってきている。ユーフォちゃんと同じ私立小学校に通う2年生。ご両親譲りの気品と風格が滲み出る女の子である。

 ユーフォちゃんに抱きつかれながら、懐くカンナちゃん・ミズキちゃんのエメラルドの髪を撫でている。

 リーネアさんの娘ちゃんたちから大いに好かれる彼女は満更でもなさそうだ。

「ちびっこ大集合で癒されるわ」

「だよねえー」

 ステラさんとシグノくんはシンビィさんが溶かした何かを見て目を輝かせており……うん、薄目で見ればこれも平和。

 イェソドさんはミオを連れて写真撮影中。こういう何気ないことが思い出になるのだ。

「! お父様、おかえりなさい」

「ただいまー」

 レッツ抱っこ!

「イェソドさん、見ててくれてありがとうございます」

「いいってことよ」

「……ところで、あの壁に空いた穴は?」

 向こう側はイェソドさんのお部屋だ。工具と素材まみれ。

 直径1mほどで丸く切り取られている。

「ああ、ステラが穴開けのコツを知りたいってことでちょっとね。大丈夫。柱は避けてるよ」

「大丈夫の範囲が広いなあ……」

「ミオにも今度教えよっか?」

「その時には壁以外でやってください」

「床か天井ってこと?」

「違います」

「難しいなー」

 ブレなさがすごいなこの神様。

「鉄板ならいい?」

「危険が及ばないようにしてくださいね」

「わかった。今度やってみせるね」

 ミオがそちらに行きたがっているようなので、イェソドさんへ託す。

 撫でられるミオが照れつつ嬉しそう。

 あれ。

 オウキくんがいない。

 そう思っていると、チャットが届いた。オウキくんからだ。

『父さんの教員室にいるから心配しないで』

 見計らったようなタイミングでの着信が背筋を粟立たせてくれる。

 そういえば、オウキくんは集まりが苦手なのであった。体調……を崩していたらシンビィさんがそばにつくであろうし、文面の通り、心配はいらないのだろう。

 メッセージとスタンプでリアクションしておく。

『わかったよー。ゆっくりしててー』

 既読がついた。

 直後、新たにメッセージ。

『光太に話したいことがあるから来てもらってもいい?』

 ……シンビィさんに声をかけようかと思ったが、俺はイェソドさんに『研究室に取りに行きたいものがある』と告げてから、折り畳み傘を開いた。

 出現位置は、教育・心理学研究科の研究棟、そこの個室である。この傘は魔術学部の地下へ出入りするための鍵のようなもので、人から見咎められない場所で行き来できるよう、制作者のマルクトさんにあれこれ設定してもらっている。

 ここは魔術学部からは遠い方だが、休日であることを利用して走っていってしまおうか。

 そう考えていると、いつのまにかエメラルドの妖精さんが近づいてきていた。

「……あれ、いつからいたの?」

「ついさっき。……誰かに言った?」

「いや。ここに取りに来たいものがあるって言っただけ」

 オウキくんは、他の誰にも知られたくなさそうだったから。

「ふうん。やっぱりキミは鋭いねえ」

「…………」

 無邪気な笑顔は、まさしくオウキさんだった。

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