第6話:判明の時間

 オウキさんは、リーネアさんの実父で、しかし訳あって赤ちゃんに巻き戻った方である。

 本人曰く、記憶を取り戻しはじめた……らしい。

「全部じゃないけどね。一部には信じられないくらい頑丈な封印がかかってる」

「自然解凍を待ちましょう」

 その封印をかけたのはシュリさんのお子さん二人だと聞いている。

「わかってるよ。……でも、うん。……聞いてほしいことは主に二つあってね」

「なんでしょ」

「ひとつめは誰にも言わないでほしい」

「はい」

 いまのオウキさんとは身長差がそれなりにある。かがんで耳を近づけ、小さな呟きを聞き取る。

「……父さん母さんに、愛されてるのが嬉しい……」

「…………」

 尊かった。

 かけがえのない尊さだった。

「……よがっだ、よがっだでずねぇ……!!」

 俺の情緒がぐずぐずになるほどに。

「! ……う、ん。とりあえず、ひとつめおわり!」

 無理やり打ち切るも、耳が赤いのはご愛嬌。

「で。ふたつめ。……子どもを狙う誘拐犯とやら、どういう感じか教えて。孫や友人の子どもたちに危険があっては嫌だ」

「わかりました」

 情緒を瞑想で修復し、俺は先ほどの会議やプリントの内容をかいつまんで伝え、いまはリーネアさんたちが細かな対策を話していると締め括った。

「ふうん」

 妖精さんの口癖も懐かしく思える。

「エドくんリヴィちゃんも参加しているなら、大丈夫そうだね」

「ですね」

「……部屋に戻るよ」

 鋭く指を弾くと、風景は工具が散乱する一部屋に。シンビィさんの工房だ。

 オウキさんは慣れた様子で工具と工具の間を踏み、ソファに座った。

「大丈夫そうとは思いつつ、気になることもあるんだ」

「?」

「被害が及ぶことはおそらくない。マルクトさんが声をかければ鬼神も動くし、上位の神々も手を回すだろうから」

「なら、なにが……」

「スペード様とハーツさんだよ。いま、スペード様は子どもを考えておられるでしょう?」

「……ですね」

 奥方が好き過ぎるハーツさんが面白かった。

「しかも啓明にかかるときた。さて。よこしまにも害なそうとした人間の存在に気付いたスペード様はどうするでしょう?」

「塵も残さず消す?」

「惜しい。正解は『その人間を塵も残さず消した上でそいつと関わってきた人間も消す』でしたー」

「あっはっはっは、神様だぁ」

 もはや乾いた笑いしか出ない。

 上位の神様、特に概念を支配するほどまでに強力で位高い神は、神以外の存在である民を区別しないから、人間という種として認識するだろうし、罰は基本的に即断即決だ。

 かつて水神様の奥方がこの大学に通っていた頃、酒を使って奥方に害なそうとしたそいつは死ぬ間際まで干からび、それで大学に怒鳴り込みにきたそいつのご両親と兄と祖父母も干からびたなんて事件が起こったこともある。

 事件についてこぼすと、オウキさんは困ったふうに笑った。

「とんでもないねえ。ただでさえ水神様は酒と関わりが深いのに」

「世界各地、お酒作りには綺麗な水が重要なんでしたよね」

 したがって水源を統べる神と関係が強い。

「そうそう。よく勉強してるね」

 拍手を送ってもらい、恐縮である。

 それからしばらく取り止めもなくだべっているうち、扉が開く。

「オーキッド、調子どうだ」

「お兄ちゃんっ」

「お兄ちゃーん!」

 順にシンビィさん、セレナちゃん、クララちゃん。父娘三人ともサファイアの髪がお揃いなのだ。

 駆け出そうとする双子の娘ちゃんたちを、シンビィさんが素早く抱え上げる。

 いくら5歳とはいえ、片腕でそれぞれ軽々と……!

「待て。踏んだら危ないものがそこらじゅうにある」

「お父さんが片付けてればいい話なのに!」

「そうだよ!」

「? 片付ける意味がわかんねえ」

 シンビィさんはイェソドさんと似ているのかもしれない。先ほどちらと見えたイェソドさんの部屋も、足の踏み場がなかったから。

 オウキさんが爆笑して楽しそうなので、何よりだと思った。



 ちびっ子たちはおやつタイム。

 みんな育ちが良いのと、甘いおやつが好きなのとで、夢中になって食べているのがとても可愛い。

 それぞれの保護者もそばについて、パウンドケーキやチョコレートを食べている。

「光太、おいしいおやつをありがとう」

 ひと足先に食べ終えたシグノくんがお礼にきてくれた。

「喜んでもらえて嬉しいよ」

「姉様と兄様も好きそうな味だった。レシピ教えて」

「ほんと? いいよー。シュリさんと一緒につくってみてね」

 家族大好きなシグノくんが微笑ましい。

 紙に書き出して渡すと、お礼を言ってシュリさんのもとへ駆けていく。

「こーたっ」

「……この声は!」

 振り向くと、愛くるしいひかりちゃん。そして彼女を抱っこする翰川先生がいた。

「こんにちは」

「ちわちわなのよ!」

「こんにちはだぞ」

「ぐぶふぇ尊い」

 尊さで破裂しそうな胸を押さえる。

「おちびさんたちが集まっていると聞いてな。僕とひかりも参加させてもらおうかと」

「! ミオちゃっ。ミオちゃあんっ」

「こんな調子なんだ」

 ひかりちゃんはミオと同い年で仲が良い。呼ばれたミオはマルクトさんを連れてやってくる。

「ひかりちゃんっ」

「きゃー!」

 床に降ろされたひかりちゃんと抱き合う。あぁー……このまま二人とも健やかに育ってほしい……

「マルクト、お邪魔している」

「いらっしゃい。元気そうで何より」

「うむ。……大集合で壮観だな」

「うん」

 いつの間にかシグノくんの近くにシアさんとその娘ソフィアちゃんが出現しており、本当に大集合だ。

 わいわいわちゃわちゃしているのがとっても可愛い。

 幸福を感じた。

 その幸福を守らなくてはならない。



 乱数転移。文字通りランダムな場所に転移ができる技術……というより力技。

 数年前に偶然生まれたそれは、俺の《引き運上昇》なる愉快な性質とあいまって無類の便利さを発揮する。

 転移した先は、ビルの一室のような場所。マジでランダムなのでここがどこか全く知らないのだが、日本語の書類やポスターがあちこちあるので、日本っぽくはある。

 三人、話していたりPCをいじっていたりの男女がいたのだが、瞬時に気絶した。

 連れてきたイェソドさんが手を振るだけで全部終わる。妖光を宿す禍々しき巨大クラゲが部屋中を埋め尽くしはじめた。

「殺さないでくださいね」

「誰も見ていない場所では法律も機能しないんだよ」

「とんでもない思想を抱えていらっしゃる……とにかく殺さないでください。いろいろ、調べてもらわなくちゃなので」

 オウキくんとの話も合わせつつ、病院に怪しい影がある一方で大学にも不審な動きがあるとのことだから、集まりの最中でイェソドさんに相談したら『行こう』とのことだった。

 手がかりも捜査も必要なく、知らない場所、知らない人たちの元へ辿り着く。

「ほんっと便利だね、乱数転移。ぜんぶ無視して本丸に突入しちゃえるんだから」

「あはは……調整利きませんけどね」

 周囲から、この技能を一人では絶対に使わないように言い含められている。

 今回はイェソドさんが微調整してくれた。

 彼はクラゲに命じ、気絶した女性の首を触手で持ち上げて顔を見る。

「お、大学の事務員じゃーん?」

「うわ……そういう感じですか……」

「そうだよぉ。ほら、うちの大学って子持ち教員多いじゃん? 病院とまた違って異種族が多いから狙われやすいとこあるっぽくてぇ…………殺したらダメ?」

「ダメです……」

「半殺しはいい?」

「ええと。いまの時点ではどうなってるんです?」

「酸欠で気絶してる」

 クラゲは酸素を奪う触手を持つそうな。

 ……それで首を持ち上げているということは?

「人間ってどれくらいで死ぬの?」

「救急車呼びましょっか!!」

 平和を脅かす者は許しがたいが、殺したいわけではないのだ。

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