第4話:集合の時間

 火を通さなくてはならないおかずを作り終え、あとは自動調理鍋に任せられるようになったので、オウキくんとシンビィさんのおにぎり量産の方へ参加する。

「おつ」

「あざす。……早い!」

 大きなタッパーに、彩り素敵なおにぎりがたくさん並べられている。

「そっちも早ぇよ。……リナも子どもたちと来るっていうから、少し多めにつくってるんだ」

「おお、そうなんすね! じゃあ、具入りのおにぎりもつくろっかな」

 ご飯も手頃な温度になっているから、具を入れやすい。

「オウキくん、なにか希望ある?」

「梅チーズ」

「おっけ。はちみつ梅にするね」

「うん」

 オウキくんはゆで卵でハートやシカクを作成中。温かいうちに型にはめて冷やすとその形になるのだ。子どもに大人気な一品である。

「……今日は妹ちゃんたちどうしてるの?」

「母さんといっしょに、デパート。きらきら洋服と宝石見るって」

「そうなんだ。オウキくんはお父さんと留守番してたんだね」

「留守番なのに、父さんが、リビングの壁溶かして遊ぶから……」

 その話題が出て、シンビィさんが無表情ながら慌てはじめる。

「お、おまえと留守番なんて嬉しくてだな……落ち着くために溶かしてたんだ。ごめんな……ちゃんと直したよ」

「もっとほかの方法で落ち着けないの」

「? どうしたらいいんだ?」

「…………はぁ」

 ため息。

 それでもお父さんがどうしたら落ち着けるのかというのを考えてあげたり、テンションが高かろうと自分は気にしないのだと伝えてあげたりと、優しい息子さんである。

 ……なんだかんだの面倒見の良さはだった頃と変わらない。

 梅チーズおにぎりを量産しながら、そんなことを思う。

「だいたい、『壊してもどうせ直せる』みたいなスタンスがよくないんだよ。試しに何も壊さないでいればいい。1週間くらい」

「1週間……? コールドスリープするか」

「なんでそうなるの」

 オウキくんは口数が少なく、口を開いたかと思えば冷静で鋭い物言いをする。表情もお父さんに似た無表情でいることが多い。

 それでも優しく面倒見が良いので、大人たちからの信頼は大きく、ちびっこたちには慕われている。

「っていうかあんなのコールドスリープじゃないでしょ。父さんしかむり」

「俺は人間の生命力を信じてる」

「……ほんとさあ……」

「そうだ、光太。おまえならいけるよな?」

「何の話?」

 しゃけおにぎりをつくる最中に話を振られ、しかもそれがよくわからなかったので困惑する。

「光太を人間の枠に入れるのは人間が可哀想だよ」

「よくわかんないなりにひどいんじゃないかなオウキくん??」

 けらけらと笑う。こういうところはオウキさんと同じだ。

 話しているうちに、明るい女の子の声。

「わー、おにぎりいっぱい!」

 シンビィさんにとってのひ孫:ユーフォちゃん。現在小学1年生である。ポニーテールにした夕焼けの髪を揺らして駆けてきた彼女は、俺たちに礼儀正しく挨拶をし、オウキくんがつくっていたヒヨコゆでたまごに歓声をあげた。

「可愛いー! オウキくん、これ可愛いよー!」

「それはよかった」

 その後ろから、ユーフォちゃんとよく似たリーネアさん。シンビィさんにとって孫。

「お邪魔します……って、もうほとんどできてるな。手伝えなくて悪い」

 これ土産、と紙袋から見せてくれたのは、小分けになった焼き菓子アソートやチョコレート。

「大丈夫っすよ。またお土産持ってきてもらって、いつもありがとうございます」

「お互い様だ。せっかくだし、みんなでご飯食べるよな。向こうテーブル並べとくよ」

「あざす」

「あっ! パパ、わたしも手伝うっ」

「おう、助かる」

 平和だ……



 子どもたちはわいわい楽しくご飯を食べて、大人も見守りながらご飯を食べて、みんなでおやつも食べて。

 お昼寝タイムになった子どもたちをシンビィさん、ステラさん、(昼食中に戻ってきた)イェソドさんに任せ、残る大人組で少々の会議。

 面子はマルクトさん、リーネアさん、シュリさん、俺である。

 議題は、イェソドさんが持ち帰ってきた情報について。

「兄曰く。神秘持ちあるいは異種族の手を借りて諸々のビジネスをしたい者どもと、神秘持ちに憧れる者どもとの二勢力とのことだ。ビジネスの方は兄が壊した」

「さすがいっくん。仕事が早いですね」

「シュリはいったん黙ってもらえると助かる」

 そう言われたシュリさんは『わかりました』といつもと変わらない笑顔で頷く。

「憧れている方は、憧れているといえば聞こえはいいものの、嫉妬だそうだ」

 要点をかいつまんで言えば、10歳検査で神秘や異能が判明したり、生まれつき神秘持ちであることが約束される異種族の子どもだったりを妬み、燃え上がってしまっている人たちがネット上にいるらしい。

「由々しき事態ですね。シュビィちゃんも呼びましょうか」

「呼ぶな。絶対に呼ぶな」

「どうして? シュビィちゃんはこういうこと、とっても頼れる子ですよ?」

「だからだ」

 問答を続けるシュリさんとマルクトさんを見つつ、俺はリーネアさんに質問。

「……人心掌握とか強い人でしたっけ?」

「じいちゃんが得意なのは人体掌握だ。人心掌握はばあちゃんの方が上手い」

「…………。人体」

「しかも善意で人を殺す。『生活に困ってるんだな、悪事に手を染めるなんてかわいそうだな、殺してあげよう』……それで何人の犯罪者が闇に葬られたことか」

「割ととんでもないですね……」

「ぜんぶマジモンの善意だから怖いんだよ」

 ため息をつくリーネアさんに、シュリさんが柔く微笑む。

「協力してくれるなら頼もしいですね。誰より優しい子ですもの」

「シュリさんってやっぱシェルの母さんだよなあ……」

「嬉しい」

「この流れで喜ぶところはシアと似てる」

 うーむ、天然……

「倫理を腹の中に忘れてきた会話はあとだ」

 リーネアさんは『俺をそのグループに入れるな』と抗議するが、マルクトさんはスルー。

「各々で幼子を抱える身。病院からのメールを無視した私が言えたことではないが、子どもたちによく目を配り、警戒していこう」

 返事がかえってのち、彼女は次の事項を告げる。

「大切なのは正しい理解。神秘持ちと異種族を多く抱える研究機関として、外部へアウトリーチしていくことを教授会やら学部・研究科長会議やらで上げておく。おまえたちには助力を願うこともあるだろう。よろしく頼む」

 凛として誠実に言われ、俺たちは了承を返した。

「ちなみに。……光太には一般人としての感覚を聞いておきたい」

「いっすよー」

 今でこそ神秘を持っている俺だが、後天的なものだ。

「んーと……憧れる気持ちは、わかります。でも、神秘持ちの副作用とか、異種族さんたちの大変さを知れば……羨ましい、とかは言えないっすね」

 神秘を扱える人間:神秘持ちとなれば副作用が出てしまう。

 最も重たいパターン持ちは人格が崩壊しかねないし、最も軽いとされるスペル持ちでも幻覚幻聴に苛まれたり、魔術現象や霊現象に悩まされたり……など。

 異種族さんに副作用はないが、性質はピーキーで、大変な人を何人か見てきた。

「そうか……」

「副作用なかったのが、正直ラッキーって思っちゃうくらいには……みなさん重くて」

 いくつか専門書を読んだ。

 一人しんみりとしていると、マルクトさんが口を挟んだ。

「脳の血管がブチブチちぎれたり体の神経がイカれたのは立派な副作用だぞ」

「…………。そういう時もありましたが、短い期間だったんで!」

 終わりよければすべてよし! いまが良ければもっと良し!

「まあ、おまえがいいならいいか……」

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