第2話:伝達の時間

 ミオをリチアさんに任せ、会議室に入る。

「や、光太」

「ちわっす、イェソドさ……」

 彼はノコギリで机をぶったぎっていた。

 会議室の防音性が高いあまり、ドアを開けるまで奇行に気づかなかった。

「何してらっしゃるんです?」

「切りたかった!」

「そんなにも爽やかな笑顔で……!」

 マルクトさんは半目でお兄さんを見つめている。

「これから話し合うってわかってるのにどうして切るの」

「だからこそだよ。光太のいいリアクションも見れたじゃん?」

「机は?」

「え、いる?」

「…………。つくって」

 マルクトさんが指を振ると、大小いくつかの木の板やビス、金具が出現する。

「あいよー」

 人間が普通に作るのであれば時間がかかるが、妖精さん——しかも炉の神、ものづくりの神であるのならば話は変わる。

 魔法を駆使しながら、あっという間にテーブルが組み上がった。なんならさっきぶったぎった机からパーツを流用する余裕さえある。

「できたー」

 木目を活かした素敵テーブルはやすりをかけられ、ニスを塗られて優しい手触りだ。

 椅子は転移で並び、机だったものは部屋の端に転移で置かれる。さらりとやっているが、超高等技術。

「で、どういう相談だっけ?」

「ここ最近、不穏な事件が起こりかけているということをアリス先生から聞きまして。今日、詳しく伺ってきたところなんです」

「わかった」

 お二人を正面にして腰掛け、そして、話を切り出す。

「……異種族や神秘持ちの赤ちゃんに悪さをしようとする不審者が出ているそうです。幸いにも全て未然に防がれていますが、お二人ともご注意ください」

「やべ、怪しいやつ手当たり次第殺さなきゃ」

「こんなに良い時代になっても誘拐か……誘拐しようと考えるやつが血を噴き出して死ぬ呪いをつくっておこう」

「そういうのは別の問題を引き起こしますんでちょっと……」

 お二人とも結論が早すぎる。

「世界平和に近づくよ?」

「血まみれの平和ははたして平和なんですかね……?」

 恐怖を蔓延させても世の中が乱れるだけである。

「そもそも、俺は事件解決の依頼ではなく、注意喚起にきたんです。知り合いの間とか、啓明病院にかかったことのある人たちには話を回してたり、幼稚園や小学校なんかでも保護者間で注意喚起が出てるそうで」

「へー。わざわざ来てくれてありがとう」

「……どういたしまして。できればメールは読んでください」

 炉の神たちはメールもチャットも読まない。

「うえー」

「光太からのメールなら読むから、どうしても目を通してほしい情報は回して」

「わかりました。その後、必要に応じてイェソドさんにも回してください」

「うん」

 病院で配られたプリントをお二人にも渡す。内容としては、不審者に気をつけようといったものだ。

「あれ、異種族とか神秘持ちのことは書いてないんだ?」

「不審者に気をつけなくちゃならないのは、一般市民全員ですから」

「ふうん」

 イェソドさんは妖精さんで、やはり神様だなあと思う。

「啓明病院はセキュリティがっちりですよ。異種族対応科周りではアリス先生が縄張りを張ってますし、院内全域は院長さんが支配領域にしてるんで」

「院長なにもの?」

「仙人だそうですよ」

「とんでもないね」

 そんな世間話をしつつ、会議室を出た。

 リビングスペースに向かうと、眠たそうなミオがリチアさんに膝枕されているところ。

「あら、意外と早かった」

「リチア、いつもありがとう」

 マルクトさんは駆け寄り、ミオを撫でる。

「……お母様……」

「ねむたいなら、お母さんと一緒に寝よう」

「でも、お父様きてくれた……」

 俺の心臓がズキュン。

「今日はここに泊まるよ。起きてもそばにいるから、安心してお昼寝しておいで」

「……うん!」

 マルクトさんに抱っこされ、手を振りながら部屋に入っていく。リチアさんもミオに誘われて入っていった。

 しっかし我が娘……可愛くて張り裂けそうだ。

「は〜……なんて可愛い……」

「可愛いよねぇ」

 イェソドさんにとって、ミオはもちろん姪っ子である。彼もミオを可愛がってくれており、粘土や折り紙のようなものづくり素材をあげたり、たまにミオの洋服を作ってくれたりもしている。

「っていうか、今日、光太お泊まりだったんだね。奥さんは?」

「妻は今日明日明後日と外せない研修があるそうでして、アメリカ滞在です」

 アメリカと日本を行き来できるけいといえど、泊まり前提の研修ではそうもいかない。

「そうなんだ」

「そうなんすよ。なもんで、家のことは悪竜さんたちに甘えさせてもらって。……俺はレポートと研究報告書仕上げようかなと……」

「ははは、がんばれ」

 修士2年ということで、まだ5月といえども修士論文に向けた調査や実験はぼちぼちしている。

「博士行くんだっけ?」

「その予定っす。嫁さんにおんぶに抱っこされてるような男ですが……」

 俺の妻は数年前に事業を起こして売却。その資金を元手にスタートアップ企業などへの投資を行い……と、弱冠22歳で磐石の資金を持っている。とにかくすごい人なのだ。

「京ちゃんはキミにたくさん救われてきただろうよ」

「お互い様っすよ」

 あははと笑うイェソドさん。

「ところで、誘拐犯は死刑になった?」

 無邪気なまま、世間話をするのと同じ調子で殺意。やはり彼は妖精さんでありながら神様である。

「……犯人は3人捕まって取り調べを受けてます。啓明に邪な気持ちを抱いて踏み入れた男性と女性2人……3人ともそれぞれ別々らしいすけど」

「? なんで死刑にならないの」

「マジで誘拐やら殺人やらしてるならともかく、未遂で死刑にはなりませんよ……」

 法律と刑罰は複雑なバランスで成り立つ。

「えー、変なのぉ。昔なら誘拐犯なんて未遂でも鞭打ち10回のち吊り下げだよー?」

「……昔の異世界スペルせかい基準ならそうかもですけども……」

 神さまは神さまなので、ご自身の尺度で愚かな民を測る。残虐な正義の持ち主の前でこんな話をした以上、俺にも興味をひいてしまった責任があるので、やんわりと説明を続ける。

「3人ともそれぞれ、アリス先生がその邪さを感知してすぐ、手を回して診察室に呼び出した上で『死ぬか殺されるか出頭するか選べ』と。もともと万引きとか迷惑行為とか、暴力沙汰でも余罪があった人らだそうですから。その方面と合わせて警察に突き出したとのことっす」

 3人も来てしまったのは、やはり啓明病院が『異種族対応科』という診療科を持っているからだろう。ほかの病院よりもわかりやすい。

 アリス先生はこういった事件の話題が目に入る前からセキュリティを固めているそうだ。

「優しいなぁ、アリスちゃん……」

 イェソドさんならノータイムで殺していることを考えれば確かに優しい。

「で、そんなふうに似た手口をやらかすやつらが別々に動いてるってことは、裏で手を引く何かがあるんだよね?」

「……『異種族の子どもにこっそり貼るだけで5万円!』みたいなバイトがネットで出回ってたとのことっす」

 アリス先生から『イェソドが興味を持ったら見せろ』と言われた写真をお見せする。

 見た目はどこかのゆるキャラっぽいデザインのシールだが、神さまは容易く看破する。

「位置発信の魔術か。塗料に仕掛けがあるね。……このシール、アリスちゃんが持ってるの?」

「はい。神秘を遮断する箱に入れて保管してます」

「そっかぁ。逆探知して下手人を殺そう」

「……殺すのはイェソドさんの身に危険が迫った時にしてくださいね。捕まえるまでで良いと思います」

「あはは、心配ありがと」

 どちらかと言うと相手の方を心配している。

 イェソドさんに戦闘能力はなくとも、彼が引き連れる神話生物や機械たちでお釣りがくるのだから。

「バイトを募ってた方のはどうなってるのかな?」

「見つけたグループは我が家の凄腕ハッカーと仕事人がなんとかしました」

 機械をある意味万能に操るグレムリンと、知的生命体にめっぽう強いティティヴィラスが組めば容易い。

「妹の弟子が活躍して嬉しいよ。じゃ、病院行ってきまーす」

 転移で消える。

「…………」

 レポートを書きながら、死人が出ないことを祈っていよう。

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