少年は神秘の夢を見られるかUM
金田ミヤキ
Vol. 25
1.大学地下
第1話:幸福の時間
俺は森山光太。
寛光大学の教育・心理学研究科所属の修士2年、年齢23歳。
特技は生き返ること。
「あー……死んだ死んだ」
本日、バイト先である病院に『少し厄介な状態の子』が来たというので、桜が散る中その顔を見に来たのだが、俺がさくっと死んでしまった。
死因は感電死。意外と初の死に方だった。
「ゴム手しとけば何とかなると思ったら、直撃コースとはうっかりでしたね!」
「……うっかりで症例増やしてくれるなよ」
呆れ気味にそういうのは、炎のような色味の髪を持つ悪竜さん。自他ともに認める名医のアリス先生である。
その腕の中には、紫電を目に宿す赤ちゃん:トールくんがおり、あー可愛い……
「フリュンさんの息子さんなんですよね」
「そうだ」
寛光の工学部教授さんである、雷の精霊:フリュンさん。アリス先生のお姉さんでもある。
「特性が制御できず、お姉ちゃんくらいしか抱っこできないものだから、おまえを頼りたいとな」
「制御できるようになったのね」
背後から顔を出したのは、赤ちゃんと同じアッシュゴールドの髪と紫電の瞳の美女。この方がフリュンさん。
「ありがと、光太くん」
「いえいえ。俺はただ死んだだけなので」
「ふふっ、頭がおかしい」
「はははは。そんなあ」
その時、フリュンさんを見たトールくんが声をあげる。
「! んぅぁ、ふ」
「まあ」
「お姉ちゃん。お返しする」
赤ちゃんがフリュンさんの腕の中へ。
むっちりもっちり、ぷくぷくな赤ちゃんが生きていることが、心を洗ってくれるような素晴らしい事実だった。
保育室でのバイトを終え、続いて車で寛光大学へ。魔術学部のある棟に足を踏み入れる。
今日は休日だが、周囲に人気がないことはしっかり確認してから、柄だけ伸ばした折りたたみ傘で床をつつく。
そして落下する。
「よっと」
高さにして3メートルほどだが、何度も落ちているので慣れた。
体を転がすようにして着地し、立ち上がると、ぱちぱちと拍手が聞こえた。
「いらっしゃい、お父様」
朱金の髪が視界に見えるなり、駆け寄ってしまう。
「今日も可愛いよー!!」
「わ……」
名前はミオソティス。意味は勿忘草。愛称はミオ。
可愛い我が子!
「わ、わ……」
「……っと。いきなりごめん」
ミオが可愛すぎてつい抱っこ。
「ん」
周囲を見渡すと、子ども用のテーブル——ミオに与えられた作業スペースに、小さなゾウが乗っていた。灰色の油粘土でつくられたリアルなもの。
最近動物園で見たゾウをそのまま小さくしたかのような。
「やばい……天才極まってる……俺の娘、実は天使なんじゃ? だってこんなに賢くてカワイイ……」
生まれた時から可愛かったのに、最近ますます可愛くなっていく。こんなにもずっと可愛いだなんて。
「落ち着いて」
3歳になった彼女は母親に似て、非常に賢く冷静な子である。
「そんなに、褒めなくても、だいじょうぶだよ?」
「褒めてるってよりも事実を叫んでる感じかな! 大好きだよー!」
「…………」
照れ照れ。
改めて、彼女の作品にもコメント。
「ポーズがかわいい! 鼻を持ち上げてるんだね。しわの感じで動きも出てて……丁寧な仕事ぶりに尊敬」
「……ゾウ、可愛かったから、つくったの……」
「そっかぁ……可愛かったもんなー」
数日前、ミオと一緒に動物園に遊びに行った。
「目もゾウさんの賢そうなところが出てるよ。よく見てつくれるの、すごいよー」
「…………ありがと」
娘可愛い。
ひとしきり撫でて、高い高いをして。アルバムアプリに残る動物園での写真を見たり。
落ち着いたところで、ミオを抱っこしたままあたりを見回す。
ここは、魔術学部の学部長と研究科長のお家のリビングである。大学地下を私物化していることについては、なんだかよくわからない魔法が発動していて……つまり俺の頭脳ではよくわからない。
人影は見当たらなかった。
「お母さんは?」
「寝てる……」
「そっかあ」
また徹夜かな。
「じゃあ、リチアさんは……」
「あら光太、来ていたのね」
「! ちわっす」
大学生協の買い物袋を提げた悪竜さんがやってきた。やはりミオを長時間一人にはしないでいてくれている。
ミオが小さく手を振る。
「リチア、おかえりなさい」
「ええ。ただいま。お父様とお話ししていたのね?」
「うん。ゾウさん、褒めてもらった……」
「ゾウさん……?」
恥ずかしがるミオに言い聞かせ、粘土版の上に立つゾウを見せる。
「まあ……! すごい! 目が素敵ね」
「!」
褒められてはにかむミオが可愛くて……
「目が特別いいですよね。奥行きがある」
「ええ。よく見たら、きちんと凹ませて形をつけてるのね。工夫があって、素敵な作品だと思う!」
顔を赤くするミオを、リチアさんが撫でる。
「お母様にも見せてあげましょう」
「……ん……」
娘を抱っこし直し、問いかける。
「いまいるのマルクトさんだけですか?」
「徹夜明けだから部屋で寝てる。光太から言い聞かせてほしいな」
「……ですね」
ここに住んでいるのはミオを除いて4人。
まずはリチアさん。ミオとその母をサポートする家政婦として働いてくれている。
続いてマルクトさん。魔術研究科の長。徹夜が癖になっている。
次にマルクトさんの兄、イェソドさん。魔術学部の長。徹夜が癖になっている。
最後にミュゲさん。イェソドさんの奥さんで、魔術理論科の助教。比較的自由人。
「……マルクトさん、起きてますか」
王冠と花の紋章が描かれたドアをノック。
少し経ってドアが開く。
「…………光太、来てたの?」
スウェット姿で眠たそう。
「うん。また徹夜してたでしょ……心配しちゃうよ」
「んー……」
マルクトさんは俺の知る限り、もっともしっかりものな妖精さん。しかしながら、その内面の奥底には幼い面があって、そばに世話を焼く人が必要な人でもある。
リチアさんが優しく声をかける。
「おはよう、マルクト。まだ眠たいのね」
「ミオと、光太と話す……」
「もう。今日来る約束だったのだから、きちんと寝ていたらこうならなかったでしょうに」
「……んー」
「眠たいなら待ってますよ。仮眠とってもらっても大丈夫」
「…………」
星空の瞳に理知が宿る。
「話があるのだろう。そろそろ兄も帰ってくる時間だから、仮眠は後だ」
「うす」
マルクトさんがリチアさんの力を借りて身支度を整えるまで、俺はミオとリビングスペースで待機する。
「お父様も、粘土したことある?」
「あるよー。でも、小学校くらいの頃かな」
「さわってみる?」
「え、いいの? じゃあ、お父さんも動物を……」
動物園で見た光景を思い出しながら、粘土をこねる。
まずはカバを……作ったつもりなのだが、ダックスフンドっぽいものができあがる。
「あるぇー……?」
「かわいい! お父様、つぎはアザラシつくって?」
「か、かわいいかな? えーとアザラシ……アザラシね。えーと……」
作っているうちにフォルムがエビフライっぽくなっていく……アザラシらしい絶妙な曲線がなかなか出せない。こんなズドンとした弾丸みたいな体型じゃなかったはず……
ミオが楽しんでくれているからいいのだが、俺の造形センスの微妙さが判明してしまった。
「ミオ、ほんと上手……観察力と、ていねいなものづくり精神が作品に現れてるよ……!」
手を拭いてから、照れ照れな娘を抱きしめる。
「……光太、意外と不器用なんだね」
やってきたマルクトさんにもそう言われ、気恥ずかしいような感覚を味わう。
「う。……いやいや、ここは俺の話じゃないっすね」
ミオの肩をそっと押す。
俺が微妙な作品をつくる間に、ミオの工作板には子どもキリンも追加されていた。
「! ……すごい」
恥じらうミオを抱きしめる。
「動物たちをよく見ていたのね」
「お父様と遊びに行った場所だから」
「うん」
ほっこり。
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