第11話
(あ、だめ、嫌だ、行かないで)
僕は立ち上がり、慌ててその腕を掴む。千川は驚きながらも、立ち止まってくれた。
「青山?どうしたの?」
いつものように、優しく問いかけられるだけで心臓がおかしくなりそうだ。
千川ってこんなに格好よかったか?いや、そんなこと考えている場合ではない。
ちゃんと千川に伝えよう、伝えたい。
「あ、あの、ぼく……僕、小さい頃に嫌な思い出があって……」
「うん」そう言いながら千川は僕の両手を握り、優しく目線を合わせてくれるる。
僕は応えるように、その手をぎゅっと握り返す。
「僕、小さい頃から両親がいつも家にいなくて、寂しいけどいい子にしてた。いい子にしていれば、愛してもらえると思ってたから。でも、フォークってことがわかって、両親は一切僕のことを見なくなったんだ。悲しかった、寂しかった。フォークにだってなりたくなかった。殺人鬼予備軍なんて、僕だって僕のことが怖かった。だから、自分は絶対にそんな人殺しにはならないと誓ったし、もう誰かのことを特別だって思いたくなかった」
千川は静かに、じっと青山の話を聞いている。
「けどあの日、千川がケーキだって知って僕、あの時は自分が自分じゃないみたいで、いつか誰かを、千川を殺しちゃうかもしれないって怖くなった。それなのに、お前が食べてもいいよって言うから……。だから僕、千川の甘さを覚えて、それで忘れられなくなった。お前に依存してるって思って離れたのに体は正直で、もうタブレットなんか効かないんだよ。僕ってやっぱり、どこまでもフォークなんだよ。今もお前の匂いが甘くて、離れなきゃいけないのにっ……」
俺のことまだ美味しそうって思うなら食べてよ!千川はそう叫ぼうとしたが、青山の次の言葉を聞き、飲み込んだ。
「離れなきゃいけないのに!好きだから、好きだって気づいたから。僕も、千川のこと。離れてても、お前のこと考えたり、目で追ったり、他の奴と笑ってるのが嫌だったり、そう言うの全部、千川の事が好きだからだろ?僕、特別な誰かを作って傷つくのはもう嫌だった。だけど、やっぱりそれは寂しくて、誰かを求めていたんだと思う。だから、千川が僕を受け入れてくれて、本当はすっごく嬉しかったんだよ。ありがとう」
告白を聞いた千川は、その瞳から大粒の涙を流し、抱きついてきた。
「あおやまっ!!!好き!俺も好き!俺のが好き!俺たち、両思いでいいんだよな?もう嫌われたと思った。嬉しい」
そう言って泣く千川の背中に腕を回す。
「避けたりしてごめん。でも、もう正直になる。一緒にいてくれる?」
「当たり前じゃん!!!いるよ!ずーっと一緒にいる!俺以外のケーキ見つけても俺しか食べちゃダメ。美味しいって思っちゃダメだから」
「あ、それだけど、千川はケーキだっただろ?それでお父さんはフォーク。いくら家族とはいえ、そこに気づかないことなんてあるのかな……」
「確かに、なんでだろ……ってそれも謎だけど!せっかく両思いってわかったんだ。今はそのことだけ、俺のことだけ考えて!俺たちもう恋人でしょ?」
「あ、そうか……僕たち、その、こ、恋人になったんだよな」
「青山がそんなに照れるとこっちまで照れるんだけど!……ねえ、そんな恋人のこと、早速食べたくない?今なら涙つき」
そう言って笑う千川を見て、僕はごくりと喉を鳴らす。
その瞬間、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「え~!今いいところだったのに!!!青山も俺のこと食べたかったよな?!はぁ、もう涙も止まったよ、乾いちゃうよ」
そう言って残念がる千川の頬を伝っていた最後の涙をぺろっと舐めて
「これからは、ゆっくりじっくり千川を味わっていいんでしょ?」僕は顔を真っ赤にしてそう言った。
END
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