ファーストフード店にて

 僕は放課後、はじめて学校に一番近いファーストフード店に入った。占いの『いつもと違うこと』をしてみた。普段なら、絶対に寄らない。

「なんて――こんなことして意味あるのかな」

 ハンバーガーと、シェイク、ポテトを頼んで、ふたり用テーブルの片方に座った。

 ――いつもと違うこと。

 これで運気が上がった…のだろうか。いや、上がっていて欲しいけれども。

 それでも、神頼みだけではどうにもならないことはあるなぁ、と思う。

 無意識に口の中にポテトを放り込んでいた。そんなとき、声をかけられた。

「……荒井くん?」

「あっ……はい」

 そこには小野さんがいた。

「隣いい?他の席埋まってて」

「別に……」

「ありがとう」

 そう言うと、彼女は隣のふたり席に座った。


 ――これはもしかして、チャンスなのでは?


 そう思った。今までの、ラッキーカラー、とかラッキーアイテムとか、そういうの全部、ちゃんと効果があったんじゃないか。

 朝のニュース番組のワンコーナーの占い。三井が『よく当たる占いだ』と、紹介してくれただけのことはあるな、と思う。

 けれども――話しかけていいのだろうか…。

 一瞬、彼女を見て―すぐに目を逸らす。

 彼女だってひとりでここに来たのかどうか。待ち合わせをしてるのかもしれない。いや、そもそも僕と話してくれるのか。


『チャンスがあったら――つかみにいけよ』


 朝、三井が言っていたことが頭の中に響く。何度も。神頼みをここまでしたのだから、僕は―話かけるべきだ。

 きっけけが欲しい。

 ……。

 彼女が視界に入る。

「そのストラップ―私も持ってるよ」

 彼女の方から声をかけてきた。

「ほら」

 彼女はバッグの中から黄色いキツネを取り出した。

「ほら」

 グイッと僕に近づける。

「お……お揃いですね。はい」

 声は普段よりも少し高いし、震えている。オドオドせずに、もっとちゃんと話せたらいいのに。

「これね。中学の修学旅行のときに買ったんだ」

「えっと……僕もそうです」

「意外と乙女だね」

「えっと……妹からのお土産で」

「そうなんだぁ。へぇ……」

 会話が途切れてしまった。

 再び、ポテトを口に入れ、ハンバーガーをかじる。

「そういえば、このストラップ、誕生日によって色が違うんだよ」

「……小野さん、いつですか……。誕生日……?」

「8月16日だよ。荒井くんは?」

「7月25日」

「意外と……近い?」

「3週間は遠くないですか?」

「そっか……」

 少し寂しそうな顔をしたので…。いや、僕の気のせいかもしれないけれど……。

「そんなことないかも……しれなくもないです」

 クスクスと笑って、彼女は答えた。

「それ、どっち?」

 けれども、これが――恋愛運の上昇なのかも。

 けれど――それまでだった。僕らは会話が続かなかった。僕はひたすらに料理を口に運んでいるし、小野さんはスマートフォンを眺めている。


 ――これでいいのか。


 チャンスが来たのに――つかめない。


 つかめない。

 

 ――本当に?

 

 ――僕がつかもうとしていないだけじゃないか?


 「神頼みだろうと、チャンスはつかみにいかないと」


 つい声に出してしまった。三井の言っていたことを、僕なりにアレンジを加えた、僕の言葉。

「なんか言った?」

 恥ずかしいことに小野さんに聞かれてしまっていた。けれども――そんなことよりも、今は……、


 小野さんとの距離を縮めたい。


「いえ、なにも。そういえば……小野さんって室内楽部でしたよね?」

「そうだよ。ベースやってんの」

 なんで知ってるんだろうって、気持ち悪いと思われそうだ。

「いや……、三井が同じ部活で知って」

「そう―三井くんも同じ部活だよ。ギターボーカルやってる」

「そうなんですか……」

「ちょっと、敬語なんてやめてよ」

「すみません……、慣れてなくて」

 今まで話したことがないのだから……。

 なんて考えたけれど、今はそういうのいらない。なにがなんでもだ、金輪際ないチャンスなんだから――生かしたい。

「荒井くん――三井くんと仲いいの?」

「普通ですね。いや、僕は中が悪いとか考えたことないですけど……」

 途中から早口になりながら答えてしまった。小野さんに嫌われなければいいけれど。

「なぁに、それ」

 特にそういうことはないらしい。

「いや、だって…、僕が一方的に友達だと思っていても、向こうはそんなこと思ってなかったり……。それはないか。でも、僕が仲いいと思っていても、向こうは仲いいと思ってなかったら悲しいし。もしそれを言いふらしたら、あとで三井になにか言われるかもしれないし……」

 開いた口が塞がらないというか、鳩が豆鉄砲を食ったというか――ともかくそんな感じの驚いた表情を見せた。

「そんなことまで考えてたんだ…」

「いや……考え過ぎかもしれませ……ない……かも」

「なにそれ」

「いや……。けど僕たちは多分、友達だと思います」

「そうなんだぁ。もっと話、聞きたいな」

「三井と会ったのは……」

 僕らは10分ぐらいいろんな話をした。


 ハンバーガーもポテトも、シェイクも胃の中に入れてしまった。

「僕は、これで帰ります」

「あ、うん」

 小野さんは、ハンバーガーを食べながら返答した。

「さようなら」

「また明日ね」

 そのセリフは、一瞬で僕の心を打ち抜いて、全身を駆け巡った。

 口角が上がって、気分が上がってしまうのをどうにか抑えて返事をする。

「はい」

 僕はファーストフード店を後にした。

 この後、僕と小野さんの関係がよくなる。そういう期待を胸に、僕は家路に着く。



















 (獅子座の今日のラッキーカラーは黄色、ラッキーアイテムはストラップ。いつもと違う事をすると、恋愛運アップ)

 小野アイリ思う。

(いつもと違うこと……、いつもなら絶対に話さないタイプの人間と話した。あんなもさい奴と……)

 意地悪く、拒絶感を持って彼女は思った。

 明日、学校で会ったとしても話してやらない。

 これから会う人間のために、彼女はいつもと違うことをしたのだ。

「おう、小野」

「三井くん」

 三井海斗がアイリの正面に座る。彼はフライドチキンが乗ったプレートをテーブルに置いた。

「でなに―話って」

 アイリは一呼吸置く。

(けれど――さっきの言葉、あれだけは勇気が貰える)


 『神頼みだろうと、チャンスはつかみにいかないと』


 それは、悠人とアイリを繋ぐために、悠人が口に出した言葉。

 悠人が、アイリを思って口に出した言葉。

 それを、アイリは自身を勇気づけるために使う。


(だから――今、告白できる)


「三井くんあのね……。私と付き合って欲しいの」


 彼女の思いは3日後に返事を受ける。そうしてふたりは交際を始めた。


 結果的に荒井悠人は自身の言葉のせいで、自身の恋路を閉じてしまったのだ。


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今日は恋愛運が上がる日 愛内那由多 @gafeg

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