第138話 かずやんの春休み(8)深淵層

知らない天井だ。


それもそのはず、深層最深部で一夜を明かす探索者は数少ないだろう。

フロアボスのいるフロアで一夜を過ごすのは、リポップする可能性があるのでフロアボスのフロアを一層上がったところにあるセーフゾーンで一夜を過ごした。


改めて朝の準備を済ませて、軽めの準備体操をしてからフロアボスのいるフロアに足を踏み入れる。


そこには牛鬼がリポップしていた。

…早くね?


こちらに気付いた牛鬼がこちら目掛けて突っ込んできて出会いがしらに腕を振るってくる。

初見ではダメージを食らった腕の振りも、直接受けるのではなく氣の盾で軌道を逸らしいなしつつ、関節部分を短刀で切り付ける。


牛鬼を食べたから?初見で戦い方を学んだから?理由はわからないが、二度目の戦闘だと思った以上に弱く見えた。


二度目の戦闘はつまらないかもしれないが…せっかくなので配信を再開することにした。


「おっはようございます!かずやんです!いきなりですが…ラジオ体操の時間です!」

<おはー!>

<おはようー!>

<おはようやでー>

<おはおはー>

<おっはー!>

<ラジオ体操?>

<どゆこと?>

<【8,989円】今日の配信なにー?>

<って…牛鬼!?>

配信画面ではドアップの牛鬼が移りこんでしまったようだ。

<おいおい…ラジオ体操って…昨日戦った深層のフロアボスやん!?>

<寝起きでこのドアップは心臓に悪いわ!!>

<トラウマ製造機になりそう>

<牛の顔が予想以上にリアル…>


「あー…すみません。朝のウォームアップついでにせっかくなので配信はじめちゃいました!すぐ終わらせますね!」

ステップを刻み牛鬼と距離を取って、短刀を鞘に戻す。


<お、おい…>

<まさか…>

<今回は著作権大丈夫か?>

<やるなよ!(やれよ!)>


「えーとたしか…居合、おう…」

技名を言おうとしたが、牛鬼は待ってくれない。

こちらの気配を察し、なりふり構わず突進してくる牛鬼。


技名を言い終わる前に、先に手が動いてしまった。


カチンッ


短刀が鞘に戻る音がフロアに響き渡る。

さらに一歩踏み出そうとした牛鬼が自重に負けて中心から真っ二つに割れズシンと地面に落ちた。


「…か…いっせん……」

言葉尻が消えてなくなりそうだ。

言い終わる前に技を出し切ってしまったがゆえに、行き場を無くした技名を無理やり絞り出した結果…照れが出てしまった。

<【666円】「絶許」絶許!絶許!絶許!>

<出直してこいって言ってますねwww>

<いやいやなんでわかるんだwww>

<朝から絶好調の絶許氏!>

<この流れ乗るしかない>

<深層ボス連日踏破なのに…しまらねー!>

<【1,000円】技名忘れてんじゃねーよ!>

<うそだろ…>

<技名はオマケ>

<【10,000円】「姫っちゃん」師匠…流石にそれはないですよ…>

<姫っちゃんだ!>

<姫っちゃんキタ――(゚∀゚)――!!>

<姫降臨!>

<姫っちゃんキタ――(゚∀゚)――!!>

<「はじめ」ほんとっすよ。これ編集する身になって欲しいっす>

<はじめちゃんもいるのか!?>

<はじめちゃんちーっす!>


「いや…こんなはずじゃなかったんですよ。ほら牛鬼もう一回、もう一回戦おうよ!」

そう言ってはみたが、牛鬼は真っ二つに割れてうんともすんとも言わなくなっていた。




「……えー、皆さんおはようございます!かずやんです。これから深淵層の配信を行っていきます…ね!」

さっきの配信をなかったことにするため、平静を装いつつカメラを寄せて上半身のみを映して挨拶からやり直すことにした。

カメラ外ではそそくさと牛鬼をぶつ切りにしてはマジックバックに無理やり押し込んだ。


<朝からむちゃくちゃだなwww>

<これでごまかせてると思ってるのかよw>

<流石というかなんというか…>

<知ってるか?これでも日本で二人しかいないSSSランク探索者なんだぜ?>

<「はじめ」あっ、技名忘れて思い出しながらしゃべる前に敵倒しちゃって、恥ずかしくなりながら技名言い切るショート動画投稿しといたっすよ?>

<はじめちゃん仕事早すぎwww>

<有能動画編集者www>


「仕事がはえぇよ!!っていうか春休みはどうしたはじめ!」

<「はじめ」2週間は休みすぎっす。暇なんでついやっちゃったっすw乗るしかないびっくうぇーぶっすww>

「草生えないよ!黒歴史だよ!」

<【50,000円】評価するww>

<【50,000円】Goodボタンつけといたwww>

「くそー!!!」

<えーっと…とりあえず言っとくか…きんちょうかーん!!>



「とりあえず…皆さんは朝ごはん食べました?私はもう食べちゃったので朝ご飯のお供にでも見てもらえればと思います!」

<この流れで流したかww>

<深淵層配信を朝のお供にって色々バグってるわw>

<全探索者の注目の配信やで?>

<深淵層の配信記録は有料含めてもゼロだからな>

<深層ボス討伐すら無料配信じゃゼロだって>

<同接数マジでヤバいな…日本いや世界一じゃない?>


そういわれて同接数を見ると、朝のこんな早い時間にも関わらず既に100万人を超えていた。


<「BBD News公式」BBD Newsの者です。深淵層に挑む前に少しお話よろしいでしょうか?>

<ニュースは引っ込んでろ!>

<流石に空気読めよ!>

<かずやんもスルーしろー!>


「皆さん、そんなに荒れないで、すみませんが配信中はご遠慮ください。では…深淵層に挑みますね!」

深淵層に続く階段を下りていく。


ブルッ―…


氣を纏えば大体の寒暖差は気にならないはずなのに…冷気が肌を刺し身が震える。


深淵層の階段を降りるほどにその感覚は強くなりつつも…

階段を下りながら見えてきた景色を一言で言うならば…


<お化け屋敷?>

<お化け屋敷じゃん>

<どういうことだってばよ?>

<深淵層はお化け屋敷だった?>


「お化け屋敷ですね。しかも昔ながらのタイプですね」

病院とか近代版のお化け屋敷というより、藁ぶき屋根の家がいくつか立ち並んで、奥にはお墓が並んでいる。

その家も障子はどこもかしこも破れていて、人の気配もモンスターの気配もしない。


しないのだが…家の周りを青白い炎が所々で浮かんでいる。

これは人玉というやつだろうか?


何の気配も感知しないので人畜無害なのだろうか?

フロア全体真っ暗闇ではあるが、この人玉の火のおかげでぼんやりとだが周りが見えるようになっていた。


そして何より、氣を纏っても防げない肌を刺す冷気。

身体の筋肉が収縮してしまって、普段の7割…いや6割ぐらいまで動きを制限されている感覚がある。

うーん…これがデバフというやつか。


「うーん…氣を纏っても冷気が防げないですね。見た目はただのお化け屋敷なんですが…寒さで身体がすくんでしまってますね…」

<まじかよ…かずやんにデバフって効くんや>

<まあ人間ですし?>

<人間だっけ?>

<多分…人間じゃないかな?>


「安心してください。人間ですよ?」


さて…昨日会った猫又はこの辺にいるのだろうか?

それにしては何の気配も感じられない。


あれは敵だったのか?味方なのか…?

ただこの配信ができている時点で、敵というわけではないだろう…多分。

それに…新選組みたいな恰好をした二匹の猫又の姿を思い浮かべる。

まあ…かわいいは正義だ。

悪い存在ではきっとないはずだ。


とりあえず…モンスターの気配は感じられないし、立ち止まっていても仕方がないので先に進むことにした。


―――――――――――

なめねこってブームがありましたよね?

えっ知らない?

あれ…ジェネレーションギャップ…


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