第123話 武蔵境の夕食
都内某所のマンションの一室
キッチンにスーツ姿の男が黒の手袋を両手にはめて立っていた。
はたから見るとその姿は異様な光景で、ほりが深く渋い顔に見るものを圧倒する目力――
これからここで行われようとしているのが料理だとは、誰も想像できないだろう。
少し前まで、料理といえば塩を振って肉を焼いて食べるぐらいしかできないと思っていた。
ただその肉を焼くという行為も酒蒸しという料理を作るうえで、自分は肉を焼いていたのではなく炭にしていただけということを痛感したものだった。
さてと、冷蔵庫から肉の塊を取り出した。
この立派な肉もフライパンで焼くと黒焦げにしてしまうが、今の俺には最高の相棒がいる。
誰でも簡単に料理のランクを高めてくれるアイテム、それこそが…ホットサンドメーカーだ。
このホットサンドメーカーに収まるサイズに肉をスライスしてドンッ!と乗せる。
食パンサイズの1枚肉、これは食べ応えがあるだろう。
これにかずやん監修のニンニクマシマシオリジナルスパイスを振りかける。
うん、ニンニクの強烈な臭いが半端ない。
明日は…明日も一人ダンジョン探索するしか予定がないので、ニンニク臭くても気にならない。
むしろエネルギッシュに仕事をするにはニンニクは欠かせないだろう。
…何を一人ムキになっているのだろうか
高ぶりを落ち着かせ、蓋を閉めたら弱火でじっくり肉に火を入れていく。
蒸し焼きにすることで、肉の中までしっかり火が入るし水分が出て肉自体も焦げない。
焼き色がつかないのはデメリットだろうが…、料理下手からすればそこは妥協できるポイントだ。
あとはフライパンだと肉から出た油で掃除が大変だが、ホットサンドメーカーの場合は少し隙間を作ってやれば余分な油も切れるし、両面がフライパンになっているので上下を入れ替えるだけですみ、油跳ねも防げるから掃除が簡単で助かっている。
ただそうはいってもそこそこ分厚い肉だから火が入っていない可能性がある。
火が入ったか確認する方法は…この竹串を使う。
これを肉にぶっ差すと、中から血か透明な肉汁が出てくる。
透明な肉汁が出てくれば中まで火が入ったといえるだろう。
最初の頃はどれぐらい確認すればよいかもわからず、肉のいたるところに串を刺して確認していたが、確認に時間が掛かりすぎて肉がカッチカチになってしまうなんてこともあった。
その後も何度も何度も肉を焼き経験を積んだことで今はこの一刺しで肉の状態が大体わかるようになった。
ホットサンドメーカーが俺の料理人生を変えてくれたと言っても過言ではないだろう。
さて…皿を取り出し、カットサラダを適当に盛り付け、その上に肉を乗せる。
ニンニクのパンチのある匂いが部屋いっぱいに充満した。
缶ビールをグラスに注ぎ一口飲んだ後、ナイフとフォークで肉を切り分けて一口食べる。
しっかりとした歯ごたえの肉だ。
この肉…何のモンスターの肉だったか…ああ、そうだドレッドドラゴンだ。
人型サイズの小型ドラゴンで尻尾がドレッドヘアみたいに三本の尻尾が1本に絡まりあっている。
その尻尾を叩きつけて攻撃するようで、尻尾の強度はダンジョンの壁を砕くことができる硬さ…らしい。
というのも、このモンスターが攻撃したシーンを一度も見たことがない。
もう少し相手の動きを観察したほうが良いのだろうか?
ダンジョンを砕く尻尾は硬すぎるので、ホロホロになるまで煮込んで食べるのが良いと言われているが…ホットサンドメーカーで煮込み料理は作れないので実際のところ旨いのか想像もつかないでいる。
かずやんがこのドラゴンを調理するとき、参考にしたいところだ。
「しかし…まんが肉…か」
先日の配信はなかなかに暴力的だった。
新宿ダンジョンで、あのマンモスは出てくるのだろうか…?
肉を食べて、ビールを飲み…ふぅ…っとまんが肉に想いを寄せた。
「食事など食えればなんでもよかったはずなんだがな…」
炭の肉ですら旨いと思っていた頃が懐かしい。
「…ごちそうさまでした」
肉をすべて食べて、ビールも飲みほした。
食器を食洗器に入れて、洗浄を開始しつつ換気扇をつける。
胸ポケットから煙草を取り出して火をつける。
深々と肺に煙を落として、吐き出した紫煙はゆらゆらと換気扇に吸い込まれていく。
食後の一服――。
明日からはまたしばらくの間、新宿ダンジョンに潜らなければならない。
「今ぐらいは息を抜く時間があってもいいと思わないか?」
写真立てに写る人物と目線があったような気がして、バツが悪くなって独り言を口にした。
―――――――――――
「★★★」や「ブクマ」いつもありがとうございます!
武蔵境さんの過去?
どうなんでしょうねー…
そんなことより…ステーキ食べたいです
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