人見知りにはロボットを!
「ハジメマシテ、【サカマキ】サマ……」
社会に出て数か月……、そろそろ人見知りを治そう、と重たい腰を上げて決意したものの、しかし、いきなり本物の人間と積極的に喋ることは、僕にはできなかった。
なので大学時代の数少ない知り合いに相談してみると、「じゃあ――あたしが作ったロボットとコミュニケーションを取ってみる?」と提案された。
AIとチャットでもして、会話に慣らすのだろうかと思えば、家に届いたのは大きな段ボールだった。天地無用。開けてみると、出てきたのは白いマネキンだ。組み立てると、僕より少し背が低いマネキンになるらしい――。
作っている内に気づいたが、段ボールの底にあったのは女性ものの洋服であり、マネキンに着せる用らしいけど……、僕は別に、人見知りを治したいと言ったのであって、女の子と普通に喋れるようになりたいとは言っていないんだけど……。
「え? 同じことでしょう?」と言われてしまえば、まあそうなんだけど……。人見知りを治した先は、やはり異性と近づきたい……、というところに着地する。
下心がないと言えば嘘になるけど、最終的なゴールはそこである。
そこをゴールとするのも、相手側からすればふざけんなって話なのかもしれないけど……。
説明書を見ながら組み立てて……スピーカーをセッティング。マイクも準備して――話しかけてみる……「はじめまして、僕の名前は
そして、その挨拶をして、返ってきたのが――、
〇
「ハジメマシテ、【サカマキ】サマ……」
音声案内などでよく聞く声だった。
使い回しではないとは思うけど、似たような声に聞こえるのは、機械音声とはこういうものだ、という思い込みだろうか。
まあなんでもいいか……、徐々にレベルアップさせていくとは言え、最初はこんなものから慣れさせていこう……。さすがに、人見知りが酷い僕でも、機械音声が出てくるマネキンと対面して緊張するということもない。
オシャレな服は着ているけど、白い頭で、なんの感情もない顔である。……これ、アイドルの顔写真でも貼り付けていた方がまだマシだったんじゃ……? それでも緊張はしないけど。
練習になるのか?
それでも試してみる……、せっかくの知り合いからの提案だ。説明書通りに、何通りかの会話をして――、した質問に答えが返ってくる……質問されて答えを返す……を繰り返す。
まあ、全て説明書に書いているやり取りなので、安心だ……退屈ではあるけど。
いくら初心者用だとしても、やっぱり意味がないんじゃないか? と思ってきた……なので。
「もういいよ、もっとレベルアップしてくれてもいけそうだ」
『あ、そう? じゃあもうちょっとリアルに寄せてみるね――』
知り合いに電話をして感想を伝える。
さすがに、こんなこと続けられるか、とは言えない。……思っていても。
僕のためを想ってレベルを下げて送ってくれたのだ。その気遣いには感謝しなくてはいけないな……、人見知りでもそれくらいは分かる。
そして、一週間に一度、僕の人見知り克服プロジェクトはレベルアップしていく。相変わらず本物の人間と喋るのは緊張するけど、機械ならコミュニケーションが取れる。
……ただ、取っているこのコミュニケーションは、果たしてコミュニケーションと言えるのか? だってこれ、自作自演なんじゃ……、それでも徐々に慣れていっている実感はある。
白い顔のマネキンが送られてきてから、一か月後――、先ほど届いたマネキンは色が付いて、本物のような肌の質感だった。
知らない人が開けて確認したら、絶対に勘違いするだろうリアルさである。
触れてみると温度もあるし……、今のロボットって、ここまで本物に近づけられるんだなあ、と感心していたけど、『本物』をバラバラにして送り届けた、と言われても、それはそれで信じてしまいそうだ……さすがにないだろうけど。
封を開けて組み立てる。……裸の女性ができあがった。
初日に見た白いマネキンの正統進化であり、だからこそよく知る『彼女』が肌色を持ち、質感を得て、さらに温度を放ち始め――
本物の人間に重なるくらい近づいたのが……目の前の彼女だ。
成長はしていないけど人間には近づいているので、我が子の成長を見届けたような嬉しさがあった……。
すると、先週の彼女は各関節の調子のせいで動きがぎこちなかったが、今日の彼女はとてもスムーズに動き、僕との距離を詰めてくる。
「坂巻様? お久しぶりですねっ、もう私には慣れました?」
裸で、見えちゃいけないところがめちゃくちゃ見えている彼女が、遠慮なく僕に近づいてくる……。君には慣れたけど、しかし君のそのリアルに寄り過ぎた体には慣れていないよ……!
「は、離れて……。服は着ないの?」
「では、坂巻様の服をお借りしますね」
「なんで僕のを……」
彼女はクローゼットを開け……、僕のワイシャツを着始めた。
裸ワイシャツだ。
……ドキドキするけど、でも相手はロボットだから――なんて思えば冷静になるかと言えば大間違いだ。……ロボットと言われても、見えている彼女は本物の女性、そのものだ。
町にいても普通の人間に溶け込むはず――それくらい、ロボット感はもうない。
「ふふ、坂巻様の匂いがします……」
「……分かるの?」
「はい。嗅覚、味覚……触感も搭載していますから。私のモデルは遂に最新に到達しました……、これ以上の進化となると、残すのはあと『妊娠』機能のみですね」
「…………」
もしも、本当にそれが搭載されたら……、異性はロボットでいいのではないか……?
というか現時点で、彼女をもうロボットとは思えない僕がいる……。
「どうされました? 坂巻様? えっ、どうして目を逸らすんですかっ、私を避けてます……? ねえっ、なんでですかっ、いじわるしないでくださいよぉ!!」
「ち、違うって! ――人見知りを治すためのロボットなのにっ、こうもロボットが進化して本物と区別がつかなくなったら――当然、人見知りするじゃないかっ!!」
――進化した君はもう、先週とは別人だ。
君からすれば慣れた僕だろうけど、僕からすれば初対面に近い君なんだから……。
…了
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