墓石の上で参りました


「今日も人気だねえ……よっ、この色男!」


「そういうのではないですよ……、仮に色男だとしても、死んでいたら意味がないでしょう?」


 隣り合った墓石の上に座る二人の幽霊……一人は美男子と表現するのが適切な若い男、その隣の幽霊は酒瓶がよく似合う初老の男だった――。


「まあそうだな、若くして亡くなったのは、惜しいことをしたもんだ……アンタなら今後、女なんて引く手数多だっただろうに……」


「どうでしょうね……確かにモテはしますが、なぜか年上と同い年の女性には避けられる傾向がありましてね……仕事柄なのでしょうか、年下はよく寄ってくるんですよ」


「年下にはモテているんじゃないか……、若い女子からすると、アンタのビジュアルは好みなんじゃないのかね? ……充分だろうに。自慢になるぞ、先生?」


「やめてくださいよ……自分よりも年上の方に先生と呼ばれるのは……その、落ち着きがなくなってしまいます」


「死後の世界での年齢なんて関係ないだろう。ここで、成長は止まるんだ……、こうしてこの世にい続ければ、時間が経っていくが、これは当然、年齢には含めない。だから六歳の霊はずっと六歳だし、六十歳はずっと六十歳だ……。

 年齢で上下関係を決めてしまえば、この差は一生、縮まらないだろう? それは下が可哀そうだ……。それに、死後の世界で『一生』、なんて言うのもおかしな話だがな」


 幽霊の一生……。

 このままずっと、この墓石の上にい続けるのだろうか?


「先生、アンタはいくつなんだい?」

「……二十四です。もう少し生きていれば……二十五だったのですが……」


「そうかい。オイラは四十後半だ……いっそのこと、もう五十と言ってもいいんだがな。こっちは誕生日の当日に死んじまったぜ。年齢を重ねてから死ねたのは、運が良いのかもしれんな」


「死んでいる時点で、運は悪いでしょう」


「だははっ、かもしれんな。――おっと、今日もきたじゃないか……さっきの子たちとは違う、アンタに分かりやすい好意を示す教え子だ――。本当に生前、手を出していないのかい? まあ、ちょっと若過ぎるか……、アンタの好みではないか?」


「教え子に手は出しませんよ。……今日も、ですか……。申し訳ないですね、毎回、あなたまで付き合わせてしまって」


「なあに、気にしておらんよ。墓が隣であれば、こういうこともあり得る話だ――それに、退屈な毎日に比べたら、この娘の話は面白い方だ……聞いて損だとは思わんよ」


「……そう言ってくれると助かりますが……」


 水が入ったバケツを持ち、片手には紙袋……、昨日もきたし、きっと明日もくるのだろう……元教え子の少女である。


「――せんせっ、今日もきちゃったっ!」


 市ヶ谷いちがや真純ますみ……中学二年生。


 来年は受験生であるから……、こうして毎日墓参りにきてくれるのも、今年までだろう。


「……毎日、こうしてきてくれるのは嬉しいが……部活をしたり、友人と遊びに出かけたりすればいいのに、と思ってしまうな……心配だ。私を慕ってくれていたからこそ、なのだろうが……生徒の時間を奪ってしまうのは、やはり申し訳ない……」


 そんな、幽霊になった先生の悩みなど露知らず、彼女は紙袋からお土産を取り出した。


「じゃーんっ、せんせーにおすすめしたいスイーツがあったから持ってきたよっ! はい、お供えしておくねー」


 カステラ? のようなスイーツをお供え――する寸前で気づいたらしく、「あ、その前にお墓を綺麗にしないとっ」と、カステラを引っ込める(いや、カステラっぽいけど、カステラではないのかもしれない……、幽霊は調べものができないから不便だ)。


 死後、生まれたスイーツなのかもしれない。


「今日は暑かったでしょー? お墓を水で流すと涼しいのかな?」


「幽霊だから気温は感じないがな」


 幽霊が座る墓石を丁寧にブラシで磨いて綺麗にしていく……、毎日してくれているので、目立った汚れもなく……さすがに昨日のまま綺麗、とは言えないので、少しの汚れを落として――墓石が再び、綺麗になった。


 周りは放置されている墓石ばかりで、当然だが、汚い……。その中で綺麗な墓石が一つだけあるとよく目立つ。生前の人望と、人を見る目が、ここで分かってしまうわけだ。


「ふう。あとはお供えして、っと――よしっ、ルーティンおわりっ!!」


「ルーティンと言うな」


 したいことではなく、しなければいけないこと感が出てしまうではないか。

 そして、一通り、やるべきことを終えた彼女は、墓石の前に屈んで――合掌……。


 じっくり数十秒、目を閉じ……

 彼女は一体、なにを思っているのだろうか――。


「ねえ、聞いてよ、せんせー」


 それから。

 目を開けた彼女は、用意していたであろう話を、話し始めた。



 ……始まってしまった。


 彼女が毎回持ってくるのは、どうでもいい話である。


(自慢や愚痴なら、まだこっちも興味はあったのだが……、彼女たちの年代がよくはまる趣味や娯楽の話となると、こっちの興味も長くは続かない……。今話題の漫画や流行りの映画の話を口頭で聞かされると……想像するのは難しいからな。自分で見てしまいたくなるが……こっちは幽霊で、しかも墓石から動けないとなると、なかなか、見たいそれらを見ることもできなくて……死後の世界で生殺しにされているようなものだな……)


 あーはいはい、と流していると、次々と話題が変わっていく。

 よく尽きないものだ、とストック数には感心してしまう……。相変わらず、構成はめちゃくちゃで、興味の引き方も下手ではあるけれど。


「――でね、夏凛かりんちゃんが制服でいこうっ、って言ったのに、当日約束を忘れて私服できちゃってさー。せっかくの機会なのに……、それでみんなの出鼻がくじかれちゃったんだよねー。でも楽しかったよ。話題の新アトラクションはめちゃくちゃ並んでて乗れなかったけど、みんなと話して、またくればいいよねってことになったんだ。楽しみがまた一つ増えるしね。でも、来年は受験生だし、いけるか分からないんだよねー……あ、でもみんなの受験が終われば……、卒業旅行でくればいいのか。いや、でもお……誰か一人でも志望校に落ちてたりすると……きまずくない? 受かった人も、存分にははしゃげないと言うか……だから普通の受験以上に、プレッシャーがかかっているとも言えるんだよっ。推薦、貰えたらいいけど、とか最初は思ったんだけどねえ……でもさ、年配の先生って、あたしが授業中にちょっとでもお喋りしてたりすると、『推薦、取り消すぞ!』って脅してくるだろうし、それはうざいんだよね。脅しに使うなっての。だから最初からいらないって言っちゃった。失敗したかな? まあいっか――普通にがんばるつもりだよ! あとは、そうだなー……なんか話すこととか、あったっけ? あっ、そうだそうだっ、この前ね、あたし、ゆうちゅうばあになりました! 言ってなかったんだけどね、ちゃんねる登録者が百人を越えたらお知らせしようと思ってたの。でね、昨日、百人を越えたから――せんせーにも報告だよ。せんせーもちゃんねる登録してよね!!」


「……はぁ」

「おい先生、見えないとは言え、うんざりとした溜息はしない方がいいぞ」

「……すみません、つい」

「軽い気持ちで聞いていたらいいのではないか? 技術どうこう、考えない方がいいぞ」

「分かっていますけどね……職業病でしょうか」


 見てしまうのだ……聞いてしまうのだ。


 内容を、話を――

 してしまうのだ、評価を。



 それから数時間後……。

 日が暮れたところで、「あ、そろそろ帰らないと!」と、彼女が立ち上がった。


「じゃあね、せんせっ。また明日も付き合ってね。せんせーが退屈しないように、これでもかってくらい、お話してあげるから――それじゃ、ばいばーいっ!!」


 大きく手を振り、遠ざかっていく少女。

 よく喋る娘だ……、ここにくる直前に、マラソンでもしてくればいいのに……。


「元気が有り余っているのだろうなあ――いいじゃないか、健康的で」


「……そう思いますか。……まあ、死んだ側からすれば、元気なのは良いことですけど……」


 それにしても、あれだけ喋って、よく疲れないものだ。

 元々用意していたものを順番に話しているのだろう、とは思うが……それにしたって、台本をただ読むだけでも大変だし、考えながら喋っているのだとすれば、もっと大変だ。


 どちらにせよ、数時間も喋り続けられるのは、才能なのではないか……。


「……でも、聞いているこっちはしんどいですよ……、教師として、人前で喋るため、飽きない話運びや構成力……それに、トーク力を磨いてきましたから。彼女の話は、お世辞にも上手とは言えませんからね……。となると、直したいところが多々あり、イライラします……」


 それを抑えるのがしんどいのだ。


「そうか……しかし教え子だろう? 可愛い可愛い、まだまだ子供の話だ、下手でも興味はあるんじゃないのか?」


「それは、まあ……。ですけど、生前にも聞いていますからね……新鮮味はありませんから」


 職員室で、同じようなことをだらだらと喋っていたのが記憶に新しい。あの時は仕事があったので、上手く聞き流すことができていたのだが……、あの時に、ちゃんと聞いて、矯正しておくべきだったか、と今になって後悔している……。


「……こっちは墓から離れることができませんし、耳を塞ぐこともできません……、塞いでも聞こえてしまう以上、聞かないことはできませんし、退屈ゆえに、聞いてしまうんですよね……。こっちが悪いのですけど。退屈ではありませんけど、興味のない下手な話を何時間も聞かされるのは、苦痛ですよ……。もしかして、お経と同じような効果があるんでしょうか……」


 お経が苦痛だとすれば、聞いている側は悪霊なのかもしれないが……。


 このままだと、教え子に成仏させられるかもしれない……いや、それはそれで良いのか?


「もしも彼女に私の姿が見えていたのなら――すぐにでも降参しているのだがな……」


 両手を挙げて、もう許してくださいと、頭を垂れるだろう。

 それくらい、幽体には厳しい長話なのだ。


 教え子のお墓参りは、きてくれる嬉しさよりも、聞かされる恐怖に変わってしまっている。


「色男も、ここでは悪い方向へ進んでしまったわけか……なるほどなあ。

 どうでもいい近況報告のせいで、先生の方が参ってしまったわけだね」



 …了

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