ヤンデレにデレデレデレ……
「あれ? 甘い匂い……それに、部屋の隅々まで掃除がされてる……洗濯物も干されてるし……、作り置きの料理も……。
身に覚えがないけど、されていて困るものでもないし――まあいいか」
鍵はちゃんとかかっていた。……だからこそ不気味ではあるのだけど、悪意はなさそうだ。
どちらかと言えば好意……? でなくとも、世話を焼いてくれているように思えるし……、この親切心を邪険に扱うのは人としてダメな気がする……。
たとえ、部屋に盗聴器が仕掛けられているとしても。
「いつもありがとね」
〇
『いつもありがとね』
彼は盗聴器の存在に気づいてる……でも、それを咎めることはなくて、こうして感謝の気持ちを伝えてくれた。
私が合鍵を作って勝手に忍び込み、掃除をして、洗濯をして、料理を作って……。なのに、彼は責めたりしなかった。ってことは、明日も忍び込んでもいいのかな……?
これからも。
「……みんな、怒るのに……彼は違うんだよね……」
同じアパートに住む彼と出会ったのは数か月前……、彼の部屋の前に、私の荷物が間違って届いてしまい、その時のやり取りで知り合った。
それ以来、時間が合えば、部屋の前で顔を合わせるようになって――……まあ、ほとんど私が彼に合わせて家を出て、偶然を装っていたのだけど……。
盗聴器に気づいているなら、これまでの偶然も全部、私が仕組んだこと、というのも気づいていそうだ。
気づいていながら、そのことについて触れたりしない。
受け入れてくれているのか――それとも気にしない人なのか。
「おはよう、『さっくん』」
「あ。おはよう、みちるさん」
「もうっ、みちる『さん』、なんてよそよそしいよ。みちる『ちゃん』って呼んでいいのにー」
「じゃあ――みちるちゃん」
「はうっ!」
「え、なんで心臓を撃ち抜かれたリアクションを……?」
「いえ、あの……そんな真っ直ぐ、すぐに呼ばれるとは思わなかったので……!」
「嫌だった?」
「そんなことない!! もっと呼んでっ、一生呼び続けて!!」
「え……いいの? みちるちゃんで固定じゃなくても、『みーちゃん』とか、『るーちゃん』とか、『ちるちる』とか、色々遊べそうだけど……――いいの?」
「固定はなしでお願いします!!」
「ん、分かったよ――じゃあ、とりあえずは、『みちるちゃん』」
「はいっ!」
「仕事、いってくるね」
彼の大きな手が、私の頭を撫でてくれる……。
ふしゅー、と、湯気が出た感覚……。
一気に体の体温が上がってしまって……、あぁ、ぼーっとしちゃう……。
「みちるちゃんもバイト、がんばってね」
「ふぁい……」
「……のぼせたみたいだね……、ほんとに大丈夫?」
だいじょうぶ、だいじょうぶ……、とは言ってみたけど……。
心配そうな彼を、これ以上心配させたくなくて、私はイメージで冷水を被って正気に戻る。
「――だいじょぶ! いってらっしゃい、さっくん」
それから半年、さっくんとの付き合いは続いた……、『好きです』という告白をしたわけではないけど、これまでの私の異常な行動を目の当たりにしても拒絶をしてこなかったさっくんは――、もう私と恋人状態であることを認めたってことでいいんだよね!?
今更、違いますは通用しないからね!
だって――、
「さっくんに言い寄るバカ女は、縛って埋めちゃったんだもん……」
山の中に。
女性一人でおこなうにはかなりの重労働だった。
……ふぅ、これで三人目かな。さっくんに言い寄る女は、さっくんの視界から消さないと。こういうバカは言っても分からないんだから――始末するしかないよね。
埋めてしまえば、ばれることはない。
数日の間はちょっと騒ぎになるかもしれないけど……、知らん顔をしていればきっと大丈夫――私の愛のパワーならきっと、さっくんとずっと一緒にいられるから。
「ちるちる」
「――え?」
下山している途中に、さっくんがいた。
――っ、まずい。
今の私の手は土だらけで、すぐに処理するべき大きなスコップをまだ持ったままだった……。
証拠隠滅をする前に、彼に見つかってしまった――。
「さ、さっくん……」
「俺が怒っている理由、分かってるよね……?」
さっくんが、怒ってる……? これまで不満を言ったことはあるけど、怒ったことはない……。だから喧嘩だってしたことがなかった。
そんなさっくんが、怒っているのは、やっぱり……。
彼の知り合いを、葬ったこと。
さすがに、彼にも気づかれてしまった――。
「さっくん……ち、違うのっ、だってあの女が、」
「あの女? ああ……、まあそれはいいんだけど……」
――え?
「そうじゃなくて、こんな夜中に一人で山にいくなんて、危ないだろ」
「……さっくん? あの、さっくんの知り合いの女の子……、同級生、後輩、同僚を、始末したことを、怒ってるんじゃないの……?」
「え、そうなの? 最近、姿が見ないと思えば……そうか、殺しちゃったか――」
明確に。
殺した、と指摘されると、実行犯である私もちょっと怖気づいてしまう。
勢いでやってしまったけど、冷静になると、なんてことをしてしまったのだと――
「まあ、いいんじゃない?」
「へ?」
「邪魔だった、とまでは言わないけど、鬱陶しかったのは本当だし……、ちるちるが俺のためを思って殺してくれたなら、感謝こそすれ、咎めるなんてあり得ないよ」
「…………」
「俺のためでしょ? だったら、ありがとね――ちるちる」
「……どうして……」
「ん? なにが?」
「どうして、そこまで私を、受け入れてくれるの……?」
初めて。
初めて、さっくんが怖いと感じた。
客観的に見れば、私の行動は当然、常軌を逸している。
これまで何度も何度も、好きになった男の子から言われたから、自覚だってしている……、でも、これが私だから。個性を失くした私は、私ではなくなる……。でも、こんな私を一つの違和感もなく受け入れるさっくんは、こう言ったら悪いけど、私より充分、異常者だと思う――。
「そう言えば言ってなかったかも」
「……え、」
「好きだから」
「っっ!」
「好きな子の行動の全部を受け入れる――だって好きなんだから仕方ないじゃん」
「さっくん……」
「――逃がさないよ」
さっくんが跪く。
私の手を取り、キスをした――土で汚れた、その手の甲に。
「さ、さっくn」
「さあ帰ろう――二人の家に」
私は、初めて間違えたかもしれない――
好きになる人を、アプローチをする人を。
さっくんは――この人には、手を出してはいけなかったんだ――。
…了
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