おいとまプリンセス【前編】
「はー、退屈……」
鉄格子の内側はファンシーな天蓋付きベッド、ピンク色のマットにふわふわなクッション――さらには十数枚の完成済みパズルが置いてあり……。
今の(牢屋だけど)家主である、全身がピンク色の少女は、スカートであることも忘れて大の字になり、ベッドで横になっていた。
ドレスにしわがつくことも気にしていない様子だ……、それもそのはず、ドレスは毎日変えており、ついたしわも綺麗に取って戻ってくるので、いくらつけても構わないのだ。
なのでドレスのまま、ベッドの上をごろごろ、ごろごろ……意味もなく寝返りを打つ。
嫌というほど寝ているので、まったく眠くない毎日だった……――既に攫われて十日以上……、聞けば教えてくれるだろうけど、日付を記録しているわけではないので、正確な経過日数は分からなかった。
寝返りを打って乱れた髪を整える……、ピンクのその髪質も、コンディションはかなり良い……。囚われているとは思えないほどの、至れり尽くせりではあった――。
その少女は、とある大国の姫である……、こうして攫われ、そのまま囚われているのは、勇者を誘き寄せるため、というのが、この牢屋の真上にある城の主――魔王の企みだった。
今頃、姫を攫われたと知った国王が勇者に依頼し、救出するための作戦が決行されているだろう……。まあ、国王がすることなどほとんどなく、勇者に丸投げであるのだが……。
今、勇者はどのあたりを冒険しているのだろうか。
そして、救出されるまであと何日を必要とするのだろうか……。
現実問題、早くしてくれないと、こっちは退屈で死んでしまう。
(中途半端に自由を許可されているから、退屈が際立つのよねえ……。これが鎖で、雁字搦めに縛られて身動きが取れないっ、とかだったら諦められるんだけど……。頼めば色々と持ってきてくれる魔王側も悪いと思うわよ、絶対に……っ!)
時間を潰せるものを……と頼めば、パズルを持ってきてくれた。最初はすぐに飽きるだろうと思っていたが、意外とはまって、完成したら「別のやつ!」とおかわりをしていた。
楽しかったけれど……やはりそれも、十数枚で飽きてしまった。平面パズルの次は立体パズルを、と思ったが、今度は完成しなさ過ぎてダメだった……パズルはそろそろ限界である。
「……映画が見たいって言ったら準備してくれるのかな……いやでも……さすがに囚われてる身でそこまでの贅沢はできないよね……。わたしのために冒険してくれている勇者様にも悪いしなあ……でもなあ、じっとがまんしているのもそろそろ限界だしぃ……」
すると、鉄格子の外側から。
足音ではなく、
攫われてから、姫様の生活をサポートしてくれている、魔王のしもべ――改造魔族である。彼は下半身が
「姫サマー、食事を持ってきましたよー」
ガチャリ、と鍵を開け、鉄格子の内側まで入ってきた少年……。
「……毎回思うけど、普通に鍵を開けて入ってくるのよね……。あのさ、ここであなたを横に転がして、わたしが逃げ出しちゃうかもっ、なんて思わないの?」
「え、うーん……この部屋を脱出しても、このお城は……この島は浮いているから、姫サマは雲の上から飛び降りるしか、逃げる手段はないよ? それができるなら警戒するけど……たぶん無理だと思うし……――それに、落下途中には巨大な『怪鳥』がいるから、姫サマなんかぱくっと食べられちゃうよ」
「……浮いてたんだ、ここ……」
小窓から見る景色は、確かに空だ。高いところにいるんだろうなあ、とは思っていたが、まさか雲より高いとは……。
ちなみに、この牢屋は魔王城の地下にあるので、高いところだと思っていたら実は低いところだったらしい……それでも充分に高い場所だけど。
攫われる時、外の様子がまったく分からない状態で連れてこられたから……、姫様が分かっていなかったのも無理はない。
「だから……脱出しない方がいいですよ。ここにいれば最低限の食事は用意されますし、満足ではなくとも、不満が出ない生活を送ることができます……。勇者がやってくるまでのんびりと待っていればいいのでは? それとも、待つだけの女にはなりたくない、とか?」
「そうじゃないけど……、信じて待つだけの女もそれはそれでいいものよ――じゃなくて、死ぬほど退屈なの!」
長く感じる時間を早く進ませるために、何度も何度も眠っていた姫様だが、やはりそれも限界が訪れる。眠るのだって、体力が必要だ。
「……寝過ぎると頭が痛くなるし……だからもう寝たくないのよ。起きててもこの部屋から出られないと暇だしさ……ほら、パズルも解いちゃったよ!!」
「立体パズルの色は揃っていないみたいですけど」
「これは難しいからダメ。まったく解けないパズルも結局退屈なのよ」
「わがままですね……では、ちょうどいいパズルを、」
「もうパズルは飽きたのっ!」
「…………、では、絵でも描きますか? 風景とか――」
「空しか見えないじゃない……、青色だけ使わせる気?」
時間帯によって景色も……、と言いかけた少年だったが、姫様を説得できるわけがないと感じ、引っ込めた。
「では、どうしますか。なにをお望みで?」
「……最近、ぶくぶく、ぶくぶく……太ってきてる気がするの……」
「そんなことないですけどね……、でも、気になるなら運動しますか? 痩せたいなら、そういうメニューがありますので、持ってきますよ……。メニューの通りに運動してもらえれば、退屈ではなくなるかもしれませんよ?」
「そう? どうせ暇だし……やってみるわ」
長続きしないだろうな、と思いながらも、少年は下半身を動かし、
「取ってきます。少々お待ちください」
それから。
姫様専用の運動メニューが作られ、そのメニュー通りに姫様の運動が始まった。
最初こそ、痩せるためのメニューだったが、次第に物足りなくなったようで……、今度は筋肉を付ける運動へシフトしていった。
適度な運動のつもりだったのが、数日後には本格的な筋トレになっており――以来、姫様は退屈である、と不満を言うこともなくなった。
暇さえあれば、筋トレである。
体を動かせば体力を使うので、ぐっすりと、深い睡眠も取れるらしい……、同時に食事のメニューも変わり、姫様どころか、少女にしてはかなり多いエネルギーを含んだ料理が作られるようになって――……生活ががらりと変わった。
――重ねて言うが、彼女は囚われの身である。
…続く
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