大激論!~だれのせいでもないはずだ!~


 見上げると全体像が掴めない……これが灯台下暗しか。


「珍しいわよね、君がデート先を決めてくれるなんて……今日は雪でも降るの?」


「……天気予報を見るほど、そんなに珍しい? いっつも、決められてるわけだし……まあ、僕が選ぶデートスポットはセンスがないからね……だから任せちゃっていたわけだけど――。でもさすがに、恥をかいてもいいから僕が決めなくちゃいけないって思ったんだよ……今日で付き合って一年だもん。そろそろ、いつまでも彼女に頼ってばかりの彼氏じゃダメなんだって、焦ってる」


「焦るにしては遅いけど……、そういうプライドがあったんだね。私は頼ってくれても全然いいんだけど。頼りない彼氏でも不満はないわよ?」


「それはそれで見限られてるみたいで嫌だけどさ……。僕が納得いかないんだ、これくらいさせてよ」

「ふうん、そう。ならお好きにどうぞ」



 東京スカイツリー。

 東京生まれの東京育ちだけど、まだ一回も上がったことがない――彼女もそうらしい。彼女は東京生まれではなく、他県の人間なので、東京にきたらまずは上る! くらいのことは既にしていそうな気もしたけど、意外にもまだらしい……東京タワーは上がったらしいけど……。


 どうだった? と聞けば、「ん? 想像通り」と答えてくれた。まあ、景色なんてネットで検索すれば出てくるからね……、山頂とはまた違う。

 屋内なので空気感は完全に設備で整えられてしまっている……夏は冷房、冬は暖房で調節され、快適な空間で景色を見ることができる……現地で分かるのは、言ってしまえばそれだけだ。


 エレベーターで、普段は絶対に上がらない速度で、階層をぐんぐんと上がっていく――


「う、」


「耳抜きしなさいよー」


 彼女にお世話をされながら天望回廊へ。せっかくなので高い方までいってみた……それなりに値段も高かったけど、初めて上がって今後もそうそう上がる機会がないなら――これくらいの金額、まあいいか。


「……綺麗な景色……、って言いたいけど、地元なんだよね……」


「水を差さないで。まあ、私も感動はあんまりないけど……」


 それはネットで検索して見ているから?


「……デートで展望台は、どう? あんまりよくない?」


「上がってから言う? 嫌なら最初からこないわよ……実際に見てみての感想なら、はしゃぐほどじゃないけど、でもつまらないわけじゃない。こういうのって、実際に見えてる景色よりも誰と一緒にいるか、でしょ? 楽しいわよ」


 僕も同じ気持ちだった……景色なんか、既にどうでもよくなってきている。

 さすがに隣にいる彼女に、景色よりも君の方が……――なんて言えないけど。

 気持ちはそんなものだ。


「ところで、高所恐怖症じゃなかったっけ? 大丈夫なの?」


「屋内なら大丈夫。屋外は苦手だけど……、この前、遊園地に行ったでしょ? 観覧車は乗れるけど、垂直落下フリーフォールはダメだって言ったけど……あれって、体が剥き出しかそうでないかなんだよ……やっぱり壁に囲まれてる方が安心するって言うか……」


「高さは同じだけど、どうして乗れるものと乗れないものが? なんて思っていたけど、確かそういう理屈だったわよね……じゃあ展望台なら問題はないのね。でもかなり高いわよ? 600、メートルくらいあったわよね?」


「全長はもうちょっと。展望台エリアはもう少し下がると思うから……、それでも高いけどね。でも屋内だし、何メートルでも大丈夫だけど……」


「壁が壊れて、剥き出しにならないことを祈ることね」


「怖いことを言わないでよ……、安全に関しては万全だとは思うけどさ」


 安全が確保されていなければ、客を入れることはしないはずだし。


「なにはともあれ、晴れて良かったわね……。雪でも降っていたらこの景色が見えなかったわけだし」


「雪が降ったら、それはそれで綺麗に見えると思うけど――おっと」


 ぐらり、と体がよろめき、彼女の肩に体重を預けてしまう。


「なあに? よろけたフリして私にくっつきたかったの?」


「違っ――いや、違うわけでもないけど……本当に揺れたんだよ。ぐらぐらーってさ……一瞬だったけどね。かなり強い揺れな気がしたけど……気が付かなかった?」


「鈍感な女、だと思ってる? 気づいてたわよ。でも高い建物だし、ちょっとした揺れでも強く感じるだけなんじゃない……? いちいち反応してたら気が休まらないわよ。これくらい、スルーしないとね」


 そうかなあ? と思っていると、まただ。


「君が意識し過ぎなだけ、」


「…………まただよ。連続してる……」


「うん、分かった……でも、地震じゃないわよね……? この揺れ方、おかしくない?」


 規則的である。だからこそ、自然現象ではなさそうだ。


 まるで、一歩、一歩、と、なにかが近づいてきているような……?


 揺れを体験しただけで、その振動の出所が想像できてしまう……、これは僕の感覚が鋭いのではなく、想像させてしまえる揺れの主張が強いのだ……。それだけ、揺れは強力だった。


 短く、鋭く、力強い。


 そして――



 展望台のガラス張り。

 見える町並みのさらに上、視線の先に見えたのは――影だ。


 やがて、その影の姿、正体が、はっきりと見えてくる……。


「……なによ、なんなのよッ、あれはッッ!!」


「遠いから小さく見えるけど、あれ、大きいよね……、かなり遠いのにこの小ささは、逆に大きさを主張してるよ……大きさは、この展望台くらい、もしくはもっと大きい……?」


 周囲の客も異変に気付き始め、見えた『そいつ』に悲鳴を上げる人が続出する。


 避難誘導が開始された。


 まだ距離があるから――避難は充分に間に合うだろう。



「……巨大、怪獣……っっ」



 ……本当に、いるんだ……?


 ――二足歩行。

 トカゲの姿を借りたそいつは、怪獣と言えばまず想像する『アイツ』に似ていて……。


 すると、怪獣の全身が真っ赤になっていく――


「え?」


 あっという間に視界が真っ白になった。


 怪獣が吐き出した光を認識した時には既に――僕の意識はなかった。





「……ッ、いてて……」


 目を覚ますと、瓦礫を枕にしていたようで、切れた皮膚から血が流れ出ていた。服の上からでも瓦礫の破片や鋭利な先端で切られており、服はボロボロだ……切り傷、打撲……、起き上がろうとすると全身に痛みが走る……それでも立てないほどじゃない。


 隣には、手を握っていたおかげで離れ離れにならなかった彼女が。


「――大丈夫!?」


「え、ええ……君は、」


「僕は大丈夫……、それより、まずい状況だね……、ここは、非常階段なのかな……分からないけど、周りは壁がなければ柵もない……最悪の剥き出しだよ」


「この状況で高所恐怖症とか言わないでよね?」


「今は高所よりも怪獣が怖いよ……あんなに遠かったのに、今は目と鼻の先にいる……、僕たちに気付かずに町を破壊しているから、安全と言えばそうだけど……」


 この状況で高所恐怖症が克服できたのであれば皮肉なものだ……、今度は怪獣恐怖症になっているかもしれないけど。

 症状が出る時が限られてくる分、高所恐怖症よりはマシなのか……?


「他の人たちは……? 偶然、私たちだけがこうして助かった……?」


「一応、近くに人はいないけどね……、僕たちのこれも、助かったと言える?」


「これからよね……」


「まあ、落ちたか、気絶する僕たちを置いて下へ逃げたか――かな。責めるつもりはないけどね。まずは自分の安全だよ。他人を気に掛けるのはその後だ……、気絶していた僕たちが悪い。置いていかれて当然さ」


 もしかしたら助けはこないかもしれない……それが濃厚か。


 まずは怪獣をどうにかしなければ、救助活動なんてできるわけがないのだ。


「……なけれ、ば……」

「え?」


「――こんなところにこなければっ! こんな目には遭わなかったのよ! 君が珍しくデートスポットを提案したかと思えば、雪が降るよりも先に怪獣がやってきたじゃない!! ……こんなことなら、私が美術館でも提案すれば良かったわ……っ、私が行きたいと言えば、君は断ることをしないはずなんだから――」


「展望台にこなくても……怪獣はくるんじゃない?」


「かもね。でも、こうしてタワーの中間で取り残されることはなかったわ……、近づいてくる巨大怪獣に怯えることもなかったのよ!! デート先が展望台でなければっ、私たちは今頃、避難を終えていたはずなのに――」


「……僕が、こんな場所に連れてこなければ良かった?」


 一気にまくし立てた彼女は、不満を吐き出したことで冷静になったのか、言い過ぎたことを反省したらしい。


「……言い方は悪いけどね。でも、本音ではある……君が、いつも通りに私に、意見を聞いていれば……、」


「でも、本当に僕のせいなのかな? 僕が展望台に行こうなんて言わなければ? さらに言えば、今日をデート日にしなければ? 急遽、バイトを休んだ友達のために僕がヘルプに入って、デート日を今日にずらさなければ良かった? そもそも、付き合っていなければ?

 ――同じサークルに入っていなければ、同じ大学に入学していなければ。僕が、生まれていなければ。僕の両親が結婚していなければ――二人が幼馴染でなければ。生まれてさえいなければ――さらに遡ればさ、哺乳類が世界を支配しなければ……恐竜が、絶滅しなければ――生命が、誕生していなければ。歴史が途絶えていれば? 地球がなければ、宇宙なんて存在していなければ――この世なんてものが、なかったら――?」


 原因を追究していけば、大自然そのものであると答えが出てくる。だけど、大自然が元凶だからと言って、大自然のせいにするのは、もうどうしようもない。責任を押し付けたところでどうにもならないのだから。


「自然の猛威は仕方ないよ……それは自然なことなんだから、つらくても受け入れるしかない……。だからさ、これは『だれのせいでもない』んだ」


「……このまま、怪獣に殺されても、そう言えるの?」


「うん、『だれ』のせいでもないよ」


「いや、怪獣のせいでしょ。怪獣はやりたいことをやっているんだから」


「やりたいと思ったことが、遡った歴史のいっち番っ、最初に、既に決められていたことだったら? これはシナリオ通りで、数千年後までのシナリオが、今のところ順調に進んでいるのだとすれば――、これは仕方のない最期なんじゃないかな……」


 彼女は感情をどこにぶつけたらいいか分からず、戸惑っていた……、だれかのせいにできたらいいけど……でも、残念だけどだれのせいでもないのだ。



「もちろん、僕のせいじゃない。――センパイのせいでもなく……だれのせいでもないんだよ」



 …了

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