壺とペットボトル


 骨董品に思える、大人の膝まで高さがある壺があった。


 ――部室に運び込まれたそれは、どうやら先輩の持ち物らしい。


 わざわざ家から持ってきたのだろうか……。ちょっとの衝撃で割れてしまいそうなそれを、わざわざ部室にまで持ってきてなにをしようと言うのだろう――まさか模様替えのため?


 部員が持ち寄った趣味のもので部屋は既に個性的だ。

 統一感がないけれど、それはそれで、我々の部『らしい』とも言えた。


 ここはクイズ研究会だ。

 ……部じゃないだろう、と言われるかもしれないが、先日、部に昇格したばかりである。部になったが、名義はまだそのままというだけの話である――いずれは、クイズ部になるのだろうか。ただ、研究会で慣れてしまえば、今更変えても違和感が残るけれど……。


「先輩、その壺、どうするつもりなんですか? クイズに使うとか?」


「ちょうど良かった。クイズのようなものだ……、アンケートとも言えるが」


 アンケート?


「とにかくやってみてくれ。――ここに、水が入ったペットボトルがある」

「はい」


 壺の横に、水が入ったペットボトルが置かれた。


「このペットボトルの中身を、壺の中に移してみてくれ」

「……? それだけ、ですか?」

「引っかけもなにもないよ。言われた通りにそのままやればいい」


 先輩がそう言うなら……。

 言われた通り、ペットボトルを傾け、壺の中に水を注ぐ……で? これで、あとは?


「入れたか? では、あらためて。君は今、なにをした?」

「は?」


「疑問があるのは分かる。だが、今は目を瞑って考えてみてくれ……難しく考えずに、思ったままを、だ――君はペットボトルの水を、壺の中に、どうした?」


「……注ぎましたけど……?」

「それをなんと言う?」

「??」


「ペットボトルの水を、壺の中へ、どうしたんだ?」

「……ペットボトルの水を、壺の中へ……入れましたけど?」


「そう!! それなんだよ!!!!」


 ……分からん。

 急に熱くなった先輩が、分からない。

 これはどういう種類のクイズなんだ? というかクイズか?


 ……アンケート、とも言っていたよな……? 心理テストでもある?

 それとも今日一日、常に伏線が張られていて、それが今後も続いていく長期のクイズになっているのか……?


「……ギブアップです、先輩。分かりません。答えを教えてください」

「難しく考えなくていいんだけどね……、単なる私の疑問ってだけだよ。やっぱり、そうだよなって思ってさ……ほら、壺にペットボトルの水を注いだ時、『中に入れた』と言っただろう?」


「はい。言いました、けど……」


「これは決して下ネタではないんだが……、壺に、ペットボトルの水を注ぐ時、『中に入れる』と言うべきであって、『中に出す』、と言うのはおかしくないか?」

「…………」


「女性側からしても、中に『出された』よりも、中に『入れられた』と言うべきではないのかな?」

「女性って言っちゃってますけど」

「決して下ネタではなく」

「上品でもないですけどね」


 ……まあ、なんとなくは、分からなくもないけれど……、伝わればいいのではないか?

 中に入れようが出そうが、同じことではある。


「伝わると言われたらそうなんだが……、気になってしまうんだよ……これもクイズ研究会としての、答えを求めたくなる、『さが』なのかね」


「いえ、ただのオスの性だと思いますよ?」



 …了

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