勇者マリオネット【後編】


「――それで儂のところへ来たわけか……――交渉、か。貴様が儂に提示できるメリットは、なんだ?」


 魔王城、その最深部である。


 赤黒い魔力が渦を巻いている……。

 その中心に、玉座に座る【龍の骸】――魔王と、目の前で膝をつく姫がいた――。


「この魔法を使えば、勇者はもう、あなたを狙ってはこないでしょう……、あなたにとって勇者は脅威ではないかもしれません……ですが、鬱陶しいのではないですか? 不死の勇者ですから……殺しても殺しても、何度も復活し、立ち上がってくる……。脅威でなくとも、しかし敵ではあります……、気が休まらないのではないですか? そんな生活を、改善したいとは思いませんか?」


「確かに、貴様の言う通り、鬱陶しいことこの上ないが……だが、貴様がしたように手足を縛って牢獄に放り込んでおくことで、不死は解決できる……、奴が舌を噛んで自害をするつもりなら、それを想定して対処をするだけだしな……。わざわざ、奴の心を折るほどのことでもない」


 メリットにはならない、と魔王は提案を蹴った。


 だが、


「では、なぜこれまで、それをしなかったのですか? いえ、実際はしたのでしょう? だけど、勇者は閉じ込められても何度も外へ出てきた……それは彼の力ではなく、仲間の力だった――彼の光に感化され、勇者の力になりたいと立ち上がった一般人――そして、勇者の意志の、その欠片を持った継承者たちが、次々と現れ、勇者を助けてしまう――。勇者を抑えればいいという話ではなくなってきたのではないですか?

 本当の意味で勇者を封じ込めるのであれば、勇者と、全世界の人間が対象になるはずです。……私も、その中の一人ということになるでしょう。人間の数を考えれば、あなたもさすがに嫌気が差した……、だから閉じ込めるのではなく、殺すことを繰り返した……繰り返すしかなかった――違いますか?」


 背もたれにつけていた背中を、僅かだが、離した魔王だった。


 魔王の中で、前向きに検討するべき交渉へと、意識が上がったのだろう。


「…………続けろ」


「もう終わりにしましょう。あなたの力を貸してくだされば、勇者の根本――その元凶を、殺すことができます……。元凶さえ、いなくなれば――世界はあなたのものです。私が約束しましょう……人間は、あなたの害にはならない。仮に害になったとしても、あなたならすぐに滅ぼすことができるでしょう――過剰な搾取さえなければ、人間はあなたに従うのですから。ここでこの提案を蹴るのは、もったいない気がしませんか、魔王様――」


「フン、強かな女だ――貴様はその魔法、とやらを使えば、死ぬのだろう? 貴様亡き後、人間が儂に従うのか?」


「ご安心を。私の意志を継ぐ者は、世界各地にいますので――」


 魔王が目を細めて……、疑念はあるが、全てをなぎ倒す力があることを自覚したのか、フン、と提案を受け入れたようだ。


「……まあいい、不満があれば全てをなかったことにできる力が、儂にはある――乗ってやろう。勇者を守る姫よ、その魔法とやらで、別世界の元凶を始末しろ――それがこの世界の平和に繋がると言うのであればな」


「はい……では、よろしくお願いします、魔王様」


「……なんだ、その手は……儂と握手でもするつもりか?」


「もちろん。これこそが、同盟の証とも言えます」


 数多の男を魅了してきた笑顔を見せる姫に――

 魔王でも、多少なりとも、心が動かされたようだった。


「……失うには惜しい女だ、貴様は」



 そして、魔王の助力もあり、


 無事、大魔法が発動した――




 〇



 別次元――、否、そこは異世界。


 苛立ちを隠さない青年が、手元にあったコントローラーをベッドに投げつける。柔らかいところに投げているところを見ると、冷静さが完全にないわけではないらしい。その冷静さを取り戻すために、苛立ちを発散するための行為――、おかげで気持ちが落ち着いたようだ。


「ふー。……ったく、またゲームオーバーか……、見えないところから攻撃がくるなんて、あんなの避けようがねえだろ……。なんでこんなに雑魚敵の攻撃が強いんだ? ……クソゲーなのか?」


 文句を垂れながらも、なんだかんだと百時間以上は遊んでいる。学校へいく、飯を食う、寝る、以外は没頭してしまっている……、本人も自覚しているが、やり過ぎだ。そろそろ自重しなければ、クリアした後に大きな喪失感に襲われそうだ。

 無気力にならなければいいけれど。


(何回死んでる? 千? 万はいってないよな……だけど数百どころじゃないはずだ。ネットで攻略情報を見て分かっていても、一筋縄ではいかない難易度だし……、武器と魔法のレベルを上げてから――いや、防具を強化した方がいいのか?)


「うーん、どうすっか……ん?」


 すると、急に画面が暗くなった。……電源が、落ちた? セーブしていたっけ? していなかったら、どこからやり直し――と、ゾッとしていたが、そう言えばオートセーブだったことを思い出して、ほっとする。だが、ほっとしたのも束の間だった。


 聞き慣れていた声が聞こえてくる。


 画面からではなく。


 頭の中に、直接響いてくるように――。


「え?」


『大魔法――発動』


「今、の……ゲームの……姫の声? なんだよ急に、そういうイベント――」


 そんなわけがないと思いながらも、新しい展開に期待していた青年は、突如、内側から襲ってくる嘔吐感に堪えられなくなり、胃の中のものを全て吐き出した。


 不快な味が口内を占める。

 さらに激しい頭痛、一気に気分が悪くなり、意識が遠のく――。


 それから数秒もなかった。


 青年が倒れた。やがて……、夕飯の時間になってもリビングに顔を出さない息子を心配し、部屋にやってきた母親が――息をしていない息子に気づき、救急車を呼んだ。


 だが、結局、その日の夜中、彼は帰らぬ人となった――原因は不明である。


 彼は、病気ではなかったのだ――。



 まるで。


 呪殺された、とも言えてしまう――変死体だった。



 ――プレイヤーの死亡。


 元凶が。


 ……こうしていなくなったのだった。



 〇



「……あれ? 私は、こんなところで、なにを……?」


 石碑の前に現れた青年――、彼は自身が勇者であるという、自覚がなかった。


「……なにも、思い出せない……? 私は、誰で……なにをしていた……?」


「…………」


「うぉ!? え、き、君は……誰だ……?」


「忍び」

「へ?」


「……これ以上の説明はしないからな」


 地中から顔だけ出した、覆面を被った忍び――【彼女】は、つい先ほどまで仕えていた姫様の言葉を思い出す。



『勇者様がもしも、記憶喪失になっていた場合……本当のことを教える必要はありません。彼には、勇者ではなく大きな町の一人の凡人として、平穏に暮らしてほしいですからね』



(……魔王が支配する世界で平穏な暮らしなんてできるんですか、姫様――)



「忍び、さん? ですか? あの、私は、」

「知っている。分かっているから――、責任を持って、国へ届けるつもりだよ」


「あ、そうなんですね……ありがとうございます……?」


「記憶喪失とは、大変だな……でも、安心するといいよ。

 我々の国が、君を保護するから……(それが姫様の願いであるなら――)」




 そして……。

 龍の骸――魔王は。


 玉座から立ち上がり、世界を見下ろしていた。


「……勇者は、使命どころか過去の自分も忘れ、ただの凡人として生きていくことになった、か……これが、貴様が望んだハッピーエンドなのか、姫よ――」


『…………』


「人の身は消えたが、空気中に分散した貴様の魂――意志は、認識できる者が限られてしまう、か……フン、貴様もおかしな存在になったものだ。

 貴様は世界を見渡せる、観察ができる――特別なことはできないが、見守ることはできるわけか……貴様がそれで満足なら、これ以上はなにも言うまいよ」


『……ア、ナタ、ガ……セカイ、ヲ――』


「ああ、この世界、悪いようにはせんよ――」




「儂は魔王だが、鬼ではない――。敵対者さえいなければ、儂が望むものだって『平和』であり――揺らぐことはないのだからな」




 …了

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