第27話 黒翼の忠義者:三題噺#68「根」「占い」「宝石」

 それはほんの気まぐれから行った事だった。たとえそれが、周囲の目から見て奇異な事だったとしても。そして、そのために奇妙な出来事を引き起こしたとしても。


 俺が巣立ったばかりの鴉のヒナを見つけたのは、仕事終わりの帰り道の事だった。里山か雑木林を頂く山を背にしたバス停で、真っ黒なヒナは野良猫に付け狙われていた。

 そのヒナは明らかに鴉だった。だというのに、俺は大声を上げて野良猫を追っ払っていた。そもそも俺は、野良猫というか猫が嫌いだったのだ。町で何かと害鳥扱いされている鴉をかばう位には。


「さてと……」

「カ、アー、アァー」


 野良猫が去って行くのを見送っていると、鴉のヒナが嘴を前に突き出して啼き始めた。やんちゃ坊主のごとき表情と言い、翼を半開きにして羽ばたく様と言い、何かを期待している事は明らかだった。何かというのは、もちろん餌に対する期待であろう。

 全くもって良い性しているじゃあないか。そんな風に思いつつも、俺は鞄の奥から取り出した菓子のかけらをヒナに向かって放っていた。いや違う。俺はここでお菓子を食べたくなって、そのかけらがヒナの許にこぼれただけだ。


 バス停でお菓子を少し食べ、そのかけらを鴉のヒナがつつく。俺たちの奇妙なやり取りは、半月ばかり続いた。それでも終わりがやって来たのは、鴉のヒナが忽然と姿を消したからだ。野鳥、それも鴉の一羽を見かけなくなったからと言って、無闇に騒ぎ立てるような事では無かろう。あのヒナは脚か翼を傷めていた事は、短い交流の中で気付いていた。きっとその傷がいえて、それで仲間の許に戻っただけだろう。

 だから別に、寂しいと思ったのは気のせいに過ぎないはずだ。俺はそう思い直していた。


 あなたにお礼がしたいのです。黒づくめの麗人がそう言って俺の許にやって来たのは、あの鴉のヒナが姿を消してから三日後の事だった。ロングのワンピースも靴も何もかもが黒づくめの彼女に、俺はただただ気圧されていた。こんな美人に対して、お礼をされるような事など何もないのだから。

 その事を告げると、彼女は微笑みながら口を開いた。


「いえいえ。あなたは弟を助けてくださったではありませんか。あの子はもうお父様とお母様の許に戻りましたが、それでもあなたの事を覚えておいでですよ」


 弟を助けた? やはり身に覚えのない話に目を白黒させていると、麗人は黒いエナメルのバッグから、小箱を取り出した。そしてそのまま留め具を外し、中身が見えるように小箱を半開きにしたのだ。

 小箱の中には、大小様々なの類が収まっていた。麗人はそのほっそりとした手指からは想像もつかぬような剛力で俺の手のひらに、小箱を押し付けたのだった。


「これは私たち先祖代々の秘宝の一つですが……それはこの度あなたに差し上げます。あの子は、弟は、私たちの一族を率いていく、大切な役目を担うので……」


 麗人はそこまで言うと、そのままくるりと踵を返し、バス停の向こう側へと姿を消した。お礼ならばそれこそ部屋に来て一緒に遊ぶとか、料理を作ってくれるとか、そんな事はしないのだろうか。ふいに邪念が浮かんでしまい、俺は慌てて頭を振った。


「お兄さんに宝石をくれたという女の子は、きっと鴉の化身だろうねぇ」


 田舎町なのに何故か居を構えている小屋の一角。事の次第を一通り聞いた占い師の老婦人は、そう言って朗らかに笑っていた。麗人から宝石を押し付けられる形で貰ったのは良いが、高価なものであったら手元に置いておくのも怖い。かといって交番に直接相談するのも気が引ける。そんな風に思っていた俺は、ついついこの占い小屋に足を運んでしまったのだ。


 動物であっても霊妙な力にて人に化身し、人とのかかわりを持つ事もある。片田舎の占い小屋で聞かされたその言葉には、妙な説得力が伴っていたのだった。

 ちなみに宝石と思しきものは、単なるガラス片や模造品や玩具に過ぎなかった。だがそれは、本物の宝石を押し付けられたのではと怯えていた俺にとっては、またとない朗報だったのだ。

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