第13話 一服は甘味でどうぞ:丁

「ああ、やっぱり外に出ての仕事って言うのも中々乙だよな。特にこんな、深山幽谷の中にひっそりと佇む秘境にやって来る事が出来たのは、本当に僥倖ってやつだよ」

「そうお思いになるのなら、ご主人様もたまには外回りをなさった方が宜しいのでは?」


 さも開放的だ、と言わんばかりに腕を伸ばして肩を回すわがあるじに対し、私は思わずツッコミを入れていた。

 ついでに言えば、私たちがいるのは屋外ではあるのだが、むしろ秘境と呼びならわすのがしっくりくるような所だった。私たちの背後には朽ちかけた鳥居が佇立していて、私の正面や左右には生い茂った草木が広がっているのだから。私は管狐で要は獣だから、案外自然の多い所は心が落ち着くものではある。しかし実のところ、市街地からは車やバスで三十分ほどの距離にこの秘境は位置しているのだ。このところ都市部や郊外にばかり足を運んでいたせいか、町から秘境へと様変わりする車窓の風景には少しだけめまいすら感じたほどだ。

 さてわが雇い主にしてそれ以外の面でもわたしのあるじたる彼女は、やけにのんびりとした表情で私の方に向き直った。


「まぁ確かに、メメトの言う事も一理あるな。だが、君があまりにも仕事熱心で外回りが大好きなようだから、ついつい任せてしまってるんだ。あれだろう、君も狐だから、野山を駆け回っていないと気が済まない性質なんだろうね」

「私ども管狐は、むしろ狐というよりもイタチに近いんですがね……」


 妹分にはフェネックの妖狐なんかいましたがね。そう言うと、雇い主はそう言えばそうだったなぁ、とおおらかに笑っていた。

 彼女は妖使いが良いのか悪いのか、私にはよく解らない。幼いころから今に至るまで、彼女にしか仕えていなかったのだから。

 まぁでも、彼女がひょうひょうとしつつも豪胆な心の持ち主であろう事は私にも何となく解る。全てを受け止め、その上で何とかなるさと笑えるような気質は、触れ合わなくても見え透いていた。だからこそ、薄気味悪さの伴う管狐たるこの私を傍に置き、のみならずこき使う事が出来るのだろう。私も私で、彼女に使われるのは好きだった。もしかしたらそれが愛情だというのかもしれない。


「それにしても、やはりいざという時はご主人様も同行して下さるんですね。ありがとうございます」


 そういう私の視線は、彼女が提げるキャリーバッグに注がれていた。そこにあるのは、途方もない妖力を、禍々しい気を孕んだ呪物である。私単体が引き取るには危険すぎるために、この度彼女も出向く事になったのだ。


「あはは、時には私も外に出て、ちゃんと働いているってアピールしないといけないもんなぁ。

 だがそれにしても、メメトが素直な態度を見せるなんて珍しいじゃないか。そうだ、折角だから甘味を味わおうじゃないか。町まで戻れば、アイスクリーム屋でも喫茶店でもスイーツ売り場でも何でもあるんだからさ」


 バッグを振り回さんばかりの様子で声を上げた雇い主に対して、私はまたしても礼を述べて頷いた。デスクワークに勤しむ事の多い雇い主はともかくとして、私も私で妖並に甘味は好きだったからだ。

 そうして甘味の話でにわかに盛り上がっていたまさにその時、背後で聞こえた啼き声に私は思わず振り返った。声の主は猫だった。乳牛のようなブチ模様のその猫は、鳥居の内側に寄り添うように座っていたのだ。先程鳥居をくぐった時には、あの猫はそこにいたのだろうか。私は頭のもげた狐の石像にばかり目が行ってしまっていたのをここで思い出した。

 猫は私たちを見てから暇そうに欠伸をし、そしてそのまま鳥居の内側へと去ってしまった。猫の舌は甘みを感じない。何故だか解らないが、その事を私は思い出していた。

 彼女に声をかけられ、私は未練もなく前を向く。

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