第12話 昼下がりの生物学講座(三題噺#41「生徒」「指紋」「発熱」

 やっぱりランチの後だから、五限目の授業って何となく眠いよな。教室も絶妙にあったまってるし。

 あやかし学園の高等部に所属する梅園六花は、シャーペンの芯をカチカチと出したり引っ込めたりしながらこみ上げてくる欠伸を噛み殺していた。食後は血の巡りが胃などの消化器に集中するから眠くなるんだぞ。そんな話は六花ももちろん知っていた。それにサバンナのライオンや野良猫などは、食後は無駄に動いたりせずに寝ているではないか。

 もちろん、雷獣である六花だって食後はのんびり昼寝をしたいと思っている。しかし今の彼女は生徒としてこの学園に通っているのだ。昼休みの短い時間ならばいざ知らず、授業中に眠りこければ教師からのお叱りを受けるのは明らかだった。

 それに妖怪が人間と共存している社会である。妖怪の生徒は何も六花だけではないのだから。


「……そんな訳で、親から子へ遺伝する要素としては指紋や耳の形、一重か二重かと言ったものが含まれます。面白い所だと、耳垢が乾燥しているか湿っているかなんかも遺伝するみたいなんですよ」


 生物教師にして担任でもある鳥塚先生の話は、いつの間にか余談のようなものにシフトしていた。三十手前で、人間としてはまぁそこそこの年齢を重ねている大人であるのだが、親しみやすい言動と青年のような若々しさからトリニキと呼ばれて生徒たちに慕われていた。

 トリニキの授業自体は解りやすく段取りが良い。その分教科書の進みが良くて時間が余りそうなのだが、その分はこうして雑談に割り当てて調整を行っているらしかった。もちろん、六花もこうしたトリニキの話は好きだった。

 脱線した話だけど質問はないかな? トリニキが問いかけると、生徒の一人が手を挙げた。


「トリニキ先生、指紋って人間以外の動物とか妖怪にもあるんでしょうか?」

「良い質問だね相沢君。確かに、指紋を持つ動物や妖怪も存在するんだ。人に近いサルやゴリラには指紋があるって言うのは有名だし、コアラの指紋は人間にそっくりらしいんだ。あと珍しい所では、イタチやネズミ、リスなどにも指紋があるらしいね。中には指紋を持たない動物もいるけれど、それでも鼻紋とか身体の模様とかで個体識別できるから……」


 指紋、か。そう言えばそういうものがあるって話は聞いた事があるな。トリニキの生き生きとした解説に耳を傾けながら、六花は左手をまじまじと眺め始めた。

 イタチには指紋があるって話だけど、アタシら雷獣にも指紋ってあるのだろうか。雷獣ってイタチっぽい姿のやつもいるし。というか妖怪が人間に化けた時には、本来は指紋を持たない奴らでも指紋が出来るのかな。

 六花はおのれの手指に指紋があるかどうか見定めるべく、いつしか眉間にしわを寄せていた。その熱烈な観察が、血のめぐりに変調をもたらしたのだろう。六花の左手の先は、発熱したように火照りだしたのだった。

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