第11話 スノウライオンズVS妖狐軍団:4(終)

 スノウライオンズの長である雷園寺雪羽は、アジトの深奥にどっかりと陣取っていた。彼が腰を下ろす椅子は、さながら玉座のような様相を呈していた。

 役職者が腰かけるような肘掛けも具わった椅子であるが、やたらとギラギラしている。どうやら椅子を魔改造し、宝石やら宝飾品やら玉やら貴金属やらを縫い付けているらしかった。もしかしたら宝石や玉は樹脂でできたイミテーションなのかもしれないが、その真贋については源吾郎には解らなかった。もっとも、そうした事は源吾郎にしてもどうでもいい事なのだが。

 雪羽は玉座に腰を下ろし、傍らにイズナイタチの少女を侍らせて果物を食べている最中であった。しかもわざわざ少女に葡萄やらカットしたリンゴやらを口許に運ばせて、である。そうした光景を目の当たりにし、源吾郎は驚き……それから羞恥心が襲い掛かって来るのを感じた。


「雷園寺雪羽ーっ! 九尾の末裔たる島崎源吾郎が到着したぞ! 大天狗様に代わって天誅を下してやるから、覚悟してそこへ直れい!」


 共感性羞恥心を全力で押さえつけながら、源吾郎は声を張り上げて雪羽を怒鳴りつけた。何故か仲間である男狐が気恥ずかしそうな表情で源吾郎を見つめている。全くもって理不尽だ。

 源吾郎の恫喝は、雪羽を恐れさせることは叶わなかった。それどころか、従者よろしく控えているイズナイタチの少女ですら、ピクリと二尾を揺らしただけだった。

 雪羽が動いたのは、しびれを切らした源吾郎が捕えていた雷獣の少年少女を放り投げた直後だった。可愛がっている弟妹達が地面に叩きつけられたからではない。イズナイタチの少女に食べさせてもらっていたリンゴやら何やらを咀嚼し飲み下した為だったらしい。

 しかも彼がまず行ったのは、皮をむいたバナナを物欲しげなイズナイタチの少女の口に突っ込む事だったのだ。全くもって舐めた態度である。


「ようやく来たか。手駒たちも大勢配置していたから、そこでゲームオーバーになるかと思っていたんだが……開成やミハルまで倒すとは中々のものだな。げせんなきつねだと馬鹿にしていたけど見直したぜ。

 敵でなけりゃあ褒めて遣わす、と言ってやりたいところだが、可愛い弟妹に手を出した恨みは晴らしてもらうからな」

「軽口はその程度にしておくんだな、ハリボテの王子様」


 ニヤニヤ笑いを浮かべる雪羽を正面から睨みつけ、源吾郎は言い放つ。


「恨むも何も、こうしてお前の弟妹達が追い詰められるような事態に陥ったのは、そもそもお前たちが……お前が下らぬ野望を抱いたからだろう。

 本当の事を教えてやろうか雷園寺。上はお前を生け捕りに出来れば問題がないと仰っていたんだ。お前の部下どころか、弟妹達の生死すら鎮圧の際にはお構いなしだってよ。だが俺は殺さずにこいつらを捕まえるだけに留めてやったんだ。そこんところは感謝したまえ」

「感謝だと? 自分勝手な事を押し付けておいて、どういう了見をしているんだか……まぁ良いか。メグ、開成とミハルと、後は捕まった諸々の連中を見てやってくれ」

「言われなくても解ってますよぅ」


 雪羽は源吾郎の言葉を鼻で笑い、それから傍らに控えるもう一人のイズナイタチの少女に命令を下していた。

 地面に転がされた妖怪たちの許に風を纏って駆け寄り、しゃがみこんで彼らの様子を把握していた。そんな彼女はいつの間にか両手で陶器の壺を抱え込んでおり、ふたを開けて中に入っているべたついたものを手ですくい取っている。傷を負ったであろう部位に塗りつけたり、直接相手に舐めさせたりしているではないか。

 カマイタチは、切り裂いた標的が無駄な血を流さぬように、薬を塗りつけて立ち去るとも伝わっている。前足をハケのように変形させたメグの姿を見ながら、源吾郎はその事を思い出していた。


「仲間を回復させているのかい」

「そりゃあそうだ。怖い狐に痛めつけられたんだからな」

「仲間思いなのは美徳だと俺も思うぜ。だがな、真に仲間の事を思うのならば、大人しくここで降伏しろ」


 源吾郎はため息交じりにそう告げた。物憂げな眼差しを周囲に向けながら、更に言葉を紡ぐ。


「あんただって才能のある妖怪である事は解っているよ。だがここで、無駄に闘って得るものなんてないだろう? それに実のところ、あんたが大人しく降伏してくれれば仕事が少なくて済むんだよ」

「臆病風に吹かれたか」

「臆病というよりも、むしろ俺は平和主義なんだよ」


 源吾郎の言葉を聞き終えるや否や、雪羽はふいに笑い始めた。呵々大笑とでもいうべき豪快な笑い方だった。

 そして音叉が共振するかのように、源吾郎の隣でも笑いがほとばしる。第二の笑い声の主は米田さんだった。


「そうか、そうかよ島崎源吾郎。良いぜ、お前がそのつもりなら、否が応でも闘うつもりにさせてやるよ――なぁ穂村よ」

「そうだね、兄さん」


 雪羽は米田さんを見据えて語り掛け、米田さんもまた頷いた。その口から出てきた声音と口調は、まるきり少年のものではないか。

 そして米田さんの、米田さんに化けていたモノの姿がぐにゃりと変質する。隣にいるのは米田さんではない。重たげな黒髪と赤黒い瞳、鱗に覆われた手足と尾を持つ異形の少年だった。

 源吾郎は米田さんの変化に驚き目を丸くした。騙され切っていた事にまず驚いた。だがそれ以上に、異形の少年の素性が解ったからこそ戸惑いもしたのだ。


「お前は……キメラ、いや雷園寺穂村か……」

「俺たちが四兄妹だって事をすっかり忘れていたみたいだなぁ」


 雪羽の笑い声も、源吾郎の耳にはほとんど届かなかった。傍にいたはずの米田さんが偽物だった。その事実に源吾郎は大いに戸惑い、我を忘れかけていたのだ。


「何も考えていない脳筋雷獣だと見くびっていたから足許をすくわれたなぁ。島崎源吾郎。あんたが米田玲香という女狐にご執心だったって事はこちとらリサーチ済みだったんだよ。だからこそ前もって女狐を拉致して、それで穂村に入れ替わってもらったんだ。ツムジ、愛しの米田さんを引き合わせてやれ」

「はぁい」


 すっかりバナナを食べ終えたイズナイタチの少女が立ち上がり、玉座から離れ姿を消した。数秒後に戻ってきた彼女は、手つきの台車を押していた。滑車の回る耳障りな音が空間を軋ませるかのようだった。

 台車の上に乗っかっている物を見た源吾郎は、強い驚きの為に絶句した。

 そこにあったのは、金色の妖狐を閉じ込めた檻だった。捉えられている米田さんは眠っているのか、とぐろを巻いたままピクリとも動かない。その身体にはワイヤーで拘束され、がんじがらめになっていた。


「あのワイヤーには高圧電流が流れる仕組みになっているんだ。そして電流を流すスイッチを持っているのは――この俺だ」

「貴様……そこまで腐っていたとは」


 餓狼よろしく喉を鳴らして唸る源吾郎を前に、雪羽は恍惚とした笑みを浮かべていた。


「ああ、ようやく良い顔をするようになったじゃないか。スイッチを止めるには、あの仕掛けを完全に破壊するには俺を殺すしかないんだぞ。どうだ島崎源吾郎。この俺と闘うつもりになったかね」


 満面の笑みを浮かべる雪羽に対し、源吾郎は返事をしなかった。狐火を伴った突撃こそが、彼の返事だったのだ。

 かくして、九尾の末裔と雷獣の神童は一騎打ちと相成ったのである。その闘いの結末がどうなるのか……それは定かではない。

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