第10話 スノウライオンズVS妖狐軍団:3

 雪羽の配置した刺客、或いは取り巻きや部下の類はそこそこ揃えられていた。半グレ集団の長と恐れられるのも伊達ではないという事か。ただ、抜きんでて強い者は殆ど見当たらず、弱小妖怪そのものや弱小妖怪に毛が生えた程度の者が多い印象ではあるが。大方、その辺をさまよっていた野良妖怪や、獣から妖怪化したようなものを仲間に引き入れているようだった。

 数の暴力・チンピラとしての闘いで向こうは源吾郎率いる妖狐軍団を制圧しようとでも思っていたのだろう。それもまた叶わぬ夢であったのだが。彼らが半グレに従うチンピラ小僧であったならば、妖狐たちはプロの軍妖みたいなものだったのだ。


 とりあえず米田さんや他の仲間と共に有象無象を蹴散らした源吾郎であったが、その中から獣妖怪を二匹見繕い、雪羽への手土産代わりにと抱え上げた。

 一匹は化けハクビシンの少年であり、もう一匹はカマイタチと管狐を足して二で割ったような姿をした少女だ。源吾郎たちに立ち向かって来た妖怪である事は言うまでもない。しかし彼らも打ち倒され、本来の獣の姿に戻っていた。特にタマキと名乗っていたハクビシンの少年などは、動物のハクビシンと姿は大差ない。小型のスタンガンを所持しているという物騒な事を除けば。


「ああん、もうっ。乱暴な男は嫌われますよぅ、半妖狐のお兄さん」


 抱え上げられる腕の中で身をくねらせながら言ったのは、獣妖怪の少女の方だった。こちらはタマキよりもよほど異形めいた姿をしている。大きさはフェレットほどなのであるが、耳はイヌ科の獣のようにピンと尖り、尾の数は二本である。そして前足は、戦闘時には鎌や鈍器などに姿を変えていたのだ。

 こちらの少女はフウカと言う。萩尾丸の言う雪羽の妾、もとい愛人の一人であるそうだ。カマイタチと管狐の中間のような姿をしているが、それはカマイタチと管狐の両方の血を受け継いでいるからなのだそうだ。

 捕らえられたフウカにはもはや抵抗らしい抵抗は出来ないはずだ。それでも媚びつつ見逃してもらおうと言葉を紡ぐ。彼女のふてぶてしいまでの逞しさが何処から去来するものなのか。源吾郎は少しだけ興味を持った。二尾に至る妖力によるものなのか、彼女自身の気質なのかは定かではない。

 だが、このイズナイタチと呼ばれる混血種族の少女は三姉妹なのだという。三姉妹のうち捕まったのはこのフウカだけであり、後の二匹の姿は見なかった。有象無象に紛れて倒れ伏している訳でもないだろうから、恐らくは雪羽の傍に侍っているのだろう。


「あんたみたいな狐モドキのイタチに嫌われようとどうという事は無いんだよ。俺にはもう婚約者がいるんだから、な」


 未だにクネクネするフウカに対して、源吾郎はにべもなく言い捨てた。婚約者というのは言うまでもなく米田さんの事だ。ドラマチックな状況下で恋に落ち、少しずつ愛を育んでいった相手である。源吾郎にしてみれば、伴侶としての異性はもはや彼女しか考えられなかった。


「相変わらずお堅いようで。天下の玉藻御前の末裔とは思えぬお言葉ですよぅ」

「お堅くて結構。それよか君とて雷園寺のやつと仲が良いんだろう? 他の男に尻尾を振ってなんかいたら、後が怖くないかね」

「私は平気ですよぅ。雪羽お坊ちゃまだって私やお姉ちゃんたちとの関係がどういうものかきちんと把握しているんですからぁ。それに雪羽お坊ちゃまには私だけじゃなくてお姉ちゃんたちもいますから、そう言う意味でも平気なんですよぅ」


 源吾郎はもはや呆れて何も言えなかった。一緒に抱えられているハクビシンのタマキは、源吾郎と米田さんを交互に見ながら何故かニヤニヤ笑いを浮かべている。


「来たぞ雷園寺ゆき――」


 雪羽の所在を問いただそうと声を張り上げた源吾郎であるが、最後まで言い切る事は無かった。急に飛来してきた何者かを避けるために、とっさに動かねばならなかったためだ。

 そのはずみに捕虜として連れてきていたフウカとタマキを放り投げてしまったが、それについてああだこうだ考えている暇は無かった。

 紫電がひらめき、源吾郎の傍らで獣じみた悲鳴がほとばしる。雷光を伴った獣、要は雷獣が襲い掛かって来た事は明らかだった。

 源吾郎を筆頭に、攻撃を受けなかった妖狐たちが雷光に向けて狐火やら護符やらを投げつける。雷鳴がとどろくような吠え声と共にきらめくかたまりが地面に落ちる。それは仔犬のような姿をした雷獣だった。雪羽の弟の一人だ。フルネームは雷園寺開成であるが、確か兄らを倣ってペガサスなどと名乗っていたはずだ。

 仔犬のような愛らしい姿にそぐわぬすさまじい形相を浮かべ、開成は牙を剥きながら毒づいていた。とはいえそれも僅かな間だけであり、妖術封じの護符を貼り付けられるとすぐに大人しくなったのだが。


「ペガサスのやつは待ち伏せしていたんですね」


 意識を失って昏倒するペガサスを見やりながら、二尾の穂谷先輩が呟いた。彼の攻撃は粗削りではあったが、それでも妖狐軍団を混乱に陥れる事には成功したのだ。彼らの長にして長兄である雪羽の力量はいかほどのものであろうか。

 そんな風に思っていた丁度その時、源吾郎のスマホが急に震え出した。上司から、萩尾丸から連絡であろうか。少々疑問に思いつつも、源吾郎はスマホを取り出して画面を確認した。


「……っ!」


 画面の異様さに気付いた源吾郎は、即座にスマホを放り投げた。粉微塵になっておじゃんになってしまったであろうが、後で新しいのを買い直せば済む話だ。

 スマホの画面いっぱいに、獰猛なアナグマの顔が映し出されていたのだ。もちろん待ち受け画面でも何でもない。一匹の妖怪が――雷獣が源吾郎のスマホの中に忍び込み、様子を窺っていたらしい。

 アナグマ姿の雷獣少女は、放り出された瞬間にスマホから飛び出していた。彼女は雪羽の妹・雷園寺ミハルであろう。兄の開成よりもやや小柄ながらも、尖った爪を突き出し牙を剥くその姿はまさしく猛獣そのものだった。


「スノウライオンズ、万歳! 私を倒したとしても、お前たちはお兄様たちには敵わないわ……!」


 狐火で撃ち落とされながらも、ミハルはそう言って微笑み、そして地面にたたきつけられて失神していた。

 思っていた以上に恐ろしい連中ではないか。源吾郎の額にはいつの間にか冷や汗が浮かんでいた。

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