第9話 スノウライオンズVS妖狐軍団:2

 仄暗い夜のシャッター街の一角で、二種の轟音が数秒と間を置かずに轟いた。硝煙の匂いが、源吾郎の頬を冷や汗と共に掠めていく。雪羽の配下であり、刺客として配置されていた化けアライグマとフェネック妖狐は、事もあろうに銃で武装していたのだ。

 向かってくる銃弾はどうにか防げた。銃弾が発射される瞬間を目の当たりにしたわけでは無い。人間の血が四分の三を占める源吾郎の動体視力や反射能力では、そうした事は難しい事ではある。

 しかし、向かってくる攻撃を防ぐだけであれば訳ない話である。源吾郎は変化術に特化した妖狐であるが、それに次いで結界術などの妖術も得意としていた。そして今も、相手の攻撃に具えておのれの周囲に結界術を張り巡らしていたのだ。半妖由来の脆弱な肉体ゆえに、源吾郎は無意識のうちに護りの術に力を入れる傾向にあったのだ。

 それこそ豆鉄砲を喰らった鳩のような化けアライグマたちへの、カウンターめいた反撃ももちろん忘れない。銃刀法違反などを行っていない源吾郎は、妖術でこの二名を仕留めにかかった。落ち葉にとてつもない荷重をもたらし相手を押しつぶす術。かの有名な陰陽師が使っていたという術のアレンジだ。

 札を媒体として生じた巨大な円盤は、路地の壁際に二体の獣妖怪を既に押し付けている。潰すまでには至らずとも、化けアライグマもフェネック妖狐も本来の姿を露わにしていた。二丁の拳銃がガラリ、ガラリと音を立てながら地面に落ちていた。


「しっかりするのだフェネック! おのれ、この天狗の走狗が……!」

「俺はイヌじゃなくてキツネだよ。そこんとこは間違えんなや外来種風情が」


 円盤を割り砕かんばかりの慟哭を尻目に、源吾郎はそのままシャッター街の奥へと走り始めた。向かうは雪羽が控えるアジトである。三下の弱小妖怪にかかずらう暇は無かった。


「あの子たちのトドメは刺さないのね?」


 走る源吾郎の隣から声がかかる。並んで走る女狐、米田さんからの言葉だった。私生活でも源吾郎が妻にしたいほどに愛する相手だったのだが、今回はスノウライオンズと闘うための兵士として他の妖狐たちと共に連れてきていたのだ。

 百を超えたばかりであるという米田さんの尾の数は二本である。妖力量自体は年相応ではある。しかし傭兵としての経験と実績を積んでおり、兵力としても頼もしい存在だった。何となれば源吾郎も彼女から闘いの業を教えて貰ったり見て盗んだりする事すらあるくらいだ。

 ともあれ彼女に問いかけられ、源吾郎は僅かに表情を歪めた。


「俺たちの仕事は殺しではありません。雷園寺雪羽を懲らしめる事が出来ればそれで良いんです。だから無益な殺生は行いたくないんですよ」


 そこまで言って、源吾郎は照れたように言葉を言い添える。


「……それに、雑魚妖怪と言えどもトドメを刺すのに労力を使うのが惜しい気もしましてね。米田さん、俺の判断はおかしいでしょうか」


 源吾郎の問いを、米田さんは真正面から受けていた。普段は蜂蜜や琥珀のように見えるその瞳は、源吾郎を見据えて黒々としていた。単に周囲が暗いから、瞳孔が広がっているだけなのかもしれない。

 ともあれ、米田さんは源吾郎を見て微笑んだ。柔らかく穏やかで、源吾郎が見ていてホッとするような笑顔である。


「ううん、良いのよ源吾郎君。周りからは甘ちゃんだとか何だとかって言われているみたいですけれど、君のそう言う優しい所、私は好きよ」


 米田さんの言葉を耳にした源吾郎は、気恥ずかしそうに顔を伏せた。優しい所が私は好きよ。その言葉が源吾郎の心をわしづかみにしてしまっていたのだ。

 源吾郎はだから、隣をひた走る相手がどんな表情をしているのか、見落としてしまったのである。

 頭目である雷園寺雪羽を叩けばどうにかなる。弟妹達はか弱い一尾の子供妖怪であるし、少し脅せばどうにかなるだろう――源吾郎は単純にそう思っていたのだ。

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