第14話 アヤカシイーターのハクビシン:1

 そのハクビシンが生を享けたのは、とある寺社の屋根裏での事だった。別に深い意味はない。彼の母は、縄張りの中に作ったねぐらの中で、そこが一番安全であると判断しただけの事だった。

 のちにタマキと名乗るようになるそのハクビシンも、最初の数か月は親兄弟と同じく普通の獣として過ごしていた。屋根裏をねぐらとし、腹が減れば近場の田畑に出向いて果物やその辺に転がるカタツムリやら昆虫やらを捕食し、危険な天敵に出くわせば木の上や電線の上でやり過ごすという暮らしである。

……実のところ、タマキは兄弟姉妹に較べて若干どんくさい所があった。果実なども兄が目ざとく見つけ出して先に食べきってしまう。姉は兄ほどには食料探しは上手くなかった。だが家族が見つけ出した食料を略奪するような図太い心根の持ち主だったのだ。兄やタマキのような同胞は言うに及ばず、時には父母からも食料をかすめ取る事すらあったくらいだった。

 兄のような目ざとさも無く、姉のような図々しさも持ち合わせていないタマキは、やがて積極的に果実を探したり、小動物を捕まえたりする事に力を入れなくなった。無気力になった訳では無い。別の方法で食料を見つけ出したのだ。兄姉らと相争うのではなく、敢えて彼らから距離を置き、そこで食料を探し出す事に成功していた。タマキたちの縄張りの傍には四角い石のかたまりが立ち並んでいるエリアがあり、そこには時々食料がぽつねんと置かれていたのだ。或いは、寺院の周辺にはタマキたちの一家だけではなく猫もいた。猫は何故か人間から食料を貰っており……タマキはそれを失敬する事もしばしばあったのだ。

 食べて、眠り、時に戯れる。この日々がいつまでも続くとタマキはぼんやりと思っていた。その頃のタマキは単なる獣で……しかも子供だったのだ。母は時にタマキたちは大人になる日が来るという事を伝えてはいたが、タマキも兄姉もそれはまだ先の事だと思っていた。


 だがそれでも、変化というものはタマキたちに牙を剥いた。

 ある日突然タマキたちはねぐらを失い、ついで一家離散の憂き目にあったのだ。堅牢でびくともしないと思っていた寺社は、轟音を伴う巨大な鉄の固まりによっていともたやすく崩され、木材と土くれの残骸になり果ててしまった。その間にタマキたちの家族が逃亡したのは言うまでもない。

 タマキももちろん、親兄姉と同じく巨大な鉄の固まり――後にそれが自動車の一種と解るのだが、それはまた別の話だ――の暴挙に驚き、その場から離れようとしていた。しかし間の悪い事に逃亡する最中に件の固まりが跳ね上げる土くれが頭部に命中し、その場で意識を失って昏倒してしまったのである。

 だがそれでも、不運の中にも幸運というのは確かに存在したのかもしれない。タマキは失神しただけで、特段傷を負った訳では無かったのだから。

 ともあれタマキが目を覚ました時には全てが終わっていた。寺社だったそこは更地になっていた。かろうじて柿の木などは残っていたが、もはや身を隠す場所などは何処にもなかった。ついでに言えば親兄姉の姿も無く、タマキは大いに戸惑った。

 そして未練げもなく敷地を飛び出そうとしたのだが、それもかなわぬ事だった。というのも、待ち構えていたかのように、タマキの行く手を阻む獣がいたからだ。

 そいつはタマキの同族ではなかった。より細長く、黄褐色の毛皮と黒っぽい頭部が特徴的なそれは、オスのテンであるらしかった。そいつはさも見下したかのようにタマキを睨みつけていた。直後、彼の両脇から光る珠のような物が浮き上がり、タマキの身体めがけて飛んできたのだ。

 飛び上がらんばかりに驚き後ずさるタマキの耳に、そいつの声が届く。


――ふてぶてしい小童が。ここから先は俺の縄張りだ。勝手に立ち入る事はもちろんの事、通り抜ける事も許さんからな


 その声を全て聞き終える前に、タマキは驚いて踵を返し、そのまま寺社があった所へと逃げ込んだ。マトモに隠れられる場所なんて無いとその時思っていたが、それでも頭を突っ込めるような場所は見つけられた。

 異種の獣が語り掛けてきた事もまた、タマキにとっては初めての事だったのだ。初めて尽くしの事にタマキは戸惑い、ただ震えるしかない。

 だがこれは、まだ始まりの序の口に過ぎなかった。

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