繰り返しに至る_5

「お疲れ様です。それでも、大変ですよね。立ちっぱなしだし、接客って色んな人が来ますし」

「それもそうですけどね、だからこその面白さもあるというか……」


 どこまで話をして切り上げようか悩んでいると、一人の客が店に入ってきた。


(そろそろかな)


「長々とすみません。それじゃ、頑張ってください」

「ありがとうございます! お客さんも、お気をつけて!」

「はい! ありがとうございます!」


 小さく手を振ってくれた彼女に手を振り返し、俺は店を後にした。


(なるほど、この後の彼女の行動、見ておいた方が良さそうだな……)


 彼女の言う通り、19時に店を上がるとしよう。なかなか時間ピッタリに仕事を終わらせることは難しい。おおよそ、19時から19時半の間で店から出てくるのではないだろうか。俺はそんな予想を立てた。そして、そのあと彼女は時間を潰すか用事を済ませるかしてから、あの歩道橋に向かうはずだ。でなければ、先輩に頼まれた資料を作って会社を出た俺が、1回目に彼女が死んだ瞬間に遭遇できるはずがない。

 だが、6回目の今日、俺はまたこれまでとはかなり違う行動をとっていた。それは彼女に関することだから、彼女にも何かしら影響が出てもおかしくない。今のところ、どの時間に彼女を歩道橋で見かけても、そのまま事故死している。逆に言えば、必ずどの時間でも歩道橋で死んでいる。それらをふまえると、今回すぐに歩道橋に向かってもおかしくはない。


(……そうだ、俺が彼女と一緒に帰れば良いんじゃないか? そうしたら、歩道橋から落ちそうになっても受け止めればいいし、危なかったら注意すればいい。最悪別の道を通って帰るよう促せば良いのだから、一番いい方法なんじゃないか……?)


 ……と思ったが、すぐに思い直した。既に店を出た俺が仕事を終えた彼女に声を掛けたら明らかに『そのために待っていた』と思われる。実際そうなのだが、また俺を避けて歩道橋へ走り、死なれたら適わない。もっと言えば、俺は彼女に『電車通勤である』と言うことが知られている。この付近の電車の駅は一か所、少し歩けばまだ二か所あるが、同じ駅でなければ不審がられてしまう。彼女の乗る路線は俺とは違うから、それを理由に断られたらおしまいだ。今日一日の短期決戦とはいえ、今更嘘を吐くことも出来ない。


「……無理だ」


 はぁぁ、と大きな溜息を吐いて、俺は手に持っていたペペロンチーノの入った袋を眺めた。もう冷めてしまっただろう。これなら電車に乗ってもそれほどにおわないのでは、なんてぼんやりと考え事をしていると、店のドアから彼女が出てくるのが見えた。


(追いかけなきゃ!)


 彼女と距離を取って、俺はそのあとをつけた。歩道橋までそれほど遠くはない。


 どうにかしなければと思いついて行くものの、どうしたら良いのかは全く浮かばなかった。


(ええい! 彼女のためだ!)


 俺は覚悟を決めて彼女に話しかけた。


「あ、あのっ!」

「え?」


 振り向いた彼女は、俺の顔を見て驚いた表情をしていたが、すぐにお店にいた時と同じ笑顔になった。


「あっ、さっきのお客さん。まだいらっしゃったんですね」

「あ、あぁはい! あっ、えっと、あ、歩きスマホ! 歩きスマホは危ないからなぁ、って思って立ち止まってゲーム……うん、ゲームしてたら、思ったより夢中になっちゃって! 帰らなきゃって顔上げたら、ちょうど元さんがいて……。すみません、急に声かけちゃって。ビックリしちゃいましたよね……」


 とにかくめちゃくちゃ怪しいとは思われない程度に嘘を吐く。罪悪感はあるが、仕方がない。


「あぁ、いえいえ。つい夢中になっちゃうときってありますよね」


 彼女は営業スマイルを崩さないまま、俺の話に乗ってくれた。彼女も歩きスマホをする。それは死に直結している。少しでも注意してもらいたいから、話題もそれっぽいものを選んだ。


「お兄さん、お名前なんておっしゃるんですか?」

「野元……野元最乃って言います。変わってますよね、ちょっと」

「ノモトモノ……ノモトモノ……あっ! もしかして、回文になってます?」

「気がつきました? そうなんです! 親父がつけたらしいんですけど、とにかくまぁ変わった人で。お陰でこんななりなのに女の子みたいな名前だし、子どものころは『上から読んでもノモトモノ、下から読んでもノモトモノ! 新聞紙と一緒!』ってよく揶揄われましたよ」

「えっ、ごめんなさい! 嫌なこと思い出させちゃいましたか?」

「いえいえ! 昔の話ですし! そういう時もありましたけど、今は別に」


 昔ほど嫌いでもない。


「そうだ、良かったら途中まで一緒に歩きませんか?」

「……構いませんよ。野元さん、電車でしたっけ。地下鉄です? それとも……」

「地下鉄です!」


 ――嘘を吐いた。俺は地下鉄じゃない。けれど、少しでも長く一緒にいたい。彼女から聞いてくれて良かった。俺から話していたら、離れることになっていただろう。


「そうですか、じゃあ一緒ですね。取り敢えず歩きます?」

「えぇ、そうしましょう!」


 用事を思い出したとかなんとか言って、駅に着いたら別れれば良い。同じ地下鉄だと言ったのに、流石に通勤定期券を持っていないのは怪しいだろう。ICカードで通れば良いのは分かっているが、定期と通常では改札で鳴る音が違う。ぼんやりしていたら気がつかないかもしれないが、もし気がついたら怪しまれてしまうかもしれない。


(……あとで考えよう)


 まずは駅へと、俺たちは歩き出した。

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一人分のエンドロール 三嶋トウカ @shima4ma

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