第19話:値段をつけるのも仕事のうち、です。
名刺に書かれた宿へ行くと、クローゼさんはすぐに見つかった。真っ黒な服を着た、《軽業師》か《銃使い》と思わしきかっこいい女の人。細いタバコをぷかぷかとふかしているところを見ると、アレは、《
歩いてくる僕を見つけると、顔をあげた。
目があったので、僕は会釈する。
「よぅ、あんた昨日の子じゃないか。名刺見て来てくれたわけ?」
「あ、まあ……そんな感じです」
僕が苦笑を浮かべると、クローゼさんはがしっと肩を組んでくる。
「昨日の今日で来るとはね。いいよ、欲望に素直な子は嫌いじゃない。さっそく行こうか。それとも今日は予約だけ?」
「あ、いえ、今日はそういうんじゃなくてですね……」
僕がしどろもどろになっていると、後ろについてきていたウォーキンデックスさんが「おほん」と大きく咳払いをした。クローゼさんが振り返る。
「ん? あんたは……ああ昨日、《
うぐ、ウォーキンデックスさんが頷く。
「その節はどうも。見捨てていただきまして」
ウォーキンデックスさんが可能な限り嫌味を込めて言っても、クローゼさんはどこ吹く風だ。
「はは、悪かったって。邪魔しちゃ悪いかと思ったんだよ」
「私大声で何度も助けてって叫んでたんですが!? それに聞くところによると、あなた私のこと完全に見捨てる気だったって!」
「そんなことないさ。アレにイカされてる女の子って『助けて!』くらいのことならよく叫ぶからね、わからないんだよ。……それにしてもよく助かったね、あんなに潮吹いて顔真っ赤にしてたのに――」
「おほん! おっほほん! えふん!」
ウォーキンデックスさんが何度も咳払いをする。クローゼさんが首をかしげた。
「風邪かい?」
「ちがいます! 殿方もいるので、そういう話は控えてくださいと言外にお伝えしてるんです」
「はは、言っちゃってるじゃん」とクローゼさんは笑って「うん? 殿方……?」と首を傾げた。
僕が小さく手を上げると、きょろりと不思議そうな目がこちらに向けられる。
「ああ、なに、あんたやっぱ女の子じゃないんだ?」
「……すみません、立派な成人男性です」
「へぇ、成人してんのその顔で。ずいぶんなよっちいね」
「うぅ……」
「こら、やめてください。ゼジくんが落ち込んでるじゃありませんか」
「はっは、ごめんごめん」と笑って謝るクローゼさん。ずけずけ言ってはくるが、悪気はないらしい。
「ふぅん」と自身の顎を撫でて、僕をじろじろと見回す。
「ゼジくん、っていうの? 君が助けてあげたんだ、そこの白魔道士さんを」
「えーっと、まあ、はい。そうです」
僕が肯定すると、クローゼさんの瞳に好奇の色が浮かんだ。
「どうやって? 君はあのダンジョンは初めてだったみたいだし、《火草エキス》も持ってなかったよね? いったい何したの」
「それなんですが――クローゼさん、良かったらちょっと、僕たちの話を聞いていただけませんか……?」
するとクローゼさんがスッと目を細めた。僕たちが持ってきている《擬似・火草エキス》の瓶に、さっと視線を走らせる。
「なるほどね。今日来たのはビジネスの話ってわけだ。そうだね、ゼジくん?」
空気が変わった。値踏みされているような圧をひしひしと感じながら、僕はこくりと頷く。
「実は昨日、あのダンジョンで僕は《火草エキス》と同じような効果のアイテムを調合するのに成功したんです。よかったらそれをクローゼさんに買ってもらえないかと思っています」
「へぇ。そうか、あんた《薬師》か。どうりでそんなような格好してると思った。ふうん、じゃあそれでそこの女魔導師さんを助けたってわけね」
「ウォーキンデックスと申します。以後よろしくどうぞ」
水を向けられたウォーキンデックスさんが名乗りながら話の後を引き継ぐ。
「クローゼさん……名刺で《火草エキス》を募集されてましたよね? この《擬似・火草エキス》でよければお安く譲れるのですが、いかがでしょう?」
「ふうん……」とクローゼさんは鼻を鳴らす。
「ちなみに、いくら?」
「一本、一万Gです」
聞いた瞬間、クローゼさんがニヤリと笑みを深める。同時に何か、空気が張り詰めたような感じがした。値切り合戦でも始める気なのか、何かが気に障ったのか。だが、
「――と、私は言うつもりだったんですが」
そう言ってウォーキンデックスさんがため息をついたのを見て、クローゼさんは「は?」と息を抜いた。拍子抜けしたような空気だが、ここからは僕のわがままだ。僕は気合を入れて、口を開いた。
「ひとまずこの六本については、一瓶一千Gで買ってもらえたらと思ってます」
(つづく)
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