第18話:販路の確保って難しいですよね。

「えぇっ!?」と僕は目を丸くする。


「ど、ど、どうしてですか……?」


「本家本元の《火草エキス》は宮廷料理人が使う高級調味料なんです。同名で売ろうとすると本来の用途にたえるものを作らないといけず、そうすると調合コストが上がります。安く作れるのが《擬似・火草エキス》の利点ですから、そこを失うわけにはいきません。かといって、コレを《ラボルテックス撃退液》みたいなわかりやすい品名で売るのも、それはそれで問題があります。なにせ、《苔の巣窟プランツネスト》は……なんというか……」


「あ、そうか……あそこは女性たちが隠れて性欲を発散してるダンジョンですもんね。そう考えると、あまり表立った品名にはできない……」


「男性の口からハッキリ言われるのって抵抗ありますね」


 ウォーキンデックスさんは顔を引きつらせながら続ける。


「ですがまあ、正解です。なのでそもそも《擬似・火草エキス》は、事情を知っている個人に買ってもらうのが理想的なわけです」


「な、なるほど……」と僕は頷く。

「じゃあ……例えば《苔の巣窟(プランツネスト)》の入り口に店を出すとか?」


「それも悪くはありませんが、待ちの姿勢は人件費がかかります。それより、もっと効率的な方法がありますよ」


 ウォーキンデックスさんは悪戯っぽく笑って、僕に一歩近づく。何をするのかと思ったら、僕のローブの内側に手を入れてきた。


「へっ!? あの、ウォーキンデックスさん……!?」


「ああ、ありました」


 やがて内ポケットからウォーキンデックスさんが何か取り出す。


「なにドギマギしてるんですか」とウォーキンデックスさんがじとっとした目を向けてくるが、僕はほんの一日前まで女性とろくに接したことがなかったのだ。免疫がないのは許して欲しい。


 ともかく。


 ウォーキンデックスさんが取り出したのは、名刺だった。布を炙って作った長方形のそれは、僕が《苔の巣窟》で出会った黒衣の女性にもらったもの。


 あっ、と気づいて僕は顔を上げた。

 そこにはこう書いてある。


『苔の巣窟案内人 クローゼ・ロックバート。

 拠点・北ノベリスト通り、青い屋根の宿屋。

《火草エキス》を安く売ってくれる奴、募集中』


「すでに仕事として、《愛撫の坩堝ラボルテックス》避けに《火草エキス》を使ってる人がいるわけですから、《擬似・火草エキス》はこの人に売りましょう。こちらは低コストで利益を上げられて、彼女も儲けを増やせる。お互いお得ですから、きっと良い取り引きになりますよ」


「な、なるほど……」と頷きつつ、僕はちょっと、考え込んだ。


 確かに、ウォーキンデックスさんの言う通りお互いにお得――商売としては理想的な形だ。だが薬作りの観点からすると、ちょっと足りない部分がある気がする。だが、こんな立派な白魔導師さんを相手に、自分のような底辺薬師が意見なんかしてもいいものだろうか……


「……ゼジくん? どうしたんです?」


「あ、いえ……ウォーキンデックスさんの案、すごく素敵な発想だと思いました。なんですが、その……」


 数秒沈黙してから、僕は思った。やっぱりやめておこう。僕なんかが意見して、ウォーキンデックスさんの機嫌を損ねたくない。僕はにっこり笑って「なんでもないです」と言おうとしたが、次の瞬間ガシッと、ウォーキンデックスさんに両手で顔を挟まれた。


「むぉ!? うぉ、ウォーキンデックスさん……!?」


「ゼジくん? 思ったことはしっかり言ってください? 私は白魔導師。魔法関係のことや事務仕事には詳しいですし、料理が好きなので《火草エキス》のことも知っていましたが、アイテム関連のことはゼジくんの方が専門家なんですからね?」


 もにゅもにゅとさんざんほっぺを挟まれ、僕がやっとのことで「わかりました!」と言うと、ウォーキンデックスさんは僕を解放してくれた。


 ぜ、全然痛くなかった……!


 不思議なドキドキを感じながら僕は精神を落ち着かせる。


「で、ゼジくん。私の案に不安があるような言い回しでしたが――教えてください、いったいそれはどんなことですか?」


 ごくりと唾を飲み込み、僕は決心して話し始める。


「この、《擬似・火草エキス》なんですけど……」


(つづく)

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