第17話:お金を稼ぎましょう。

「お金を稼ぎましょう」


 煉瓦造りの街並みを歩きながら、ウォーキンデックスさんは言った。


 ウォーキンデックスさんは大きな眼鏡の奥に知性の光が宿った青い瞳をしている。整った顔立ち。一眼で白魔道士とわかるような純白のローブ。耳飾りや身分証代わりのネックレスも、ごてごてしたものではなく控えめで落ち着きのある装飾だ。


 そんな真面目そうな人に真顔で言われたものだから、僕は意図を測りかねてしまった。


「お金、ですか……」


 オウェム返しに言葉にすると、ウォーキンデックスさんは「そうです」と続ける。


「しかもかなりまとまった金額のお金を、です。ゼジさんは自信がなさすぎます。実力があるのにもったいない。自信をつけるのに、自分の力でお金を稼ぐのは手っ取り早い手段ですよ。損はさせませんから、しばらく私の言う通りにしてみてください」


 ウォーキンデックスさんの行動は早かった。


 まずはパーティ申請。街の中央にある役場へ行って、僕と自分の名前が連名になったパーティ登録を行う。身分証は僕が失業中のためウォーキンデックスさんが保証人扱いで申請してくれた。


他にも、新興パーティの支援制度、少人数パーティへの助成金、斡旋人のいる宿屋への照会、転送魔法陣付きのアイテム庫の借りつけなど、およそパーティとして活動する上で必要なものは、全て昼のうちに申請を終えてしまった。


 その後一旦、僕たちは工房へと戻った。ウォーキンデックスさんの指示に従い、《擬似・火草エキス》の制作に取り掛かる。


 《苔の巣窟プランツネスト》――そこに出没する、女性を絶頂させまくる触手型モンスター、《愛撫の坩堝ラボルテックス》。それを撃退するのにこの《擬似・火草エキス》は有用だ。しかも本家本元の《火草エキス》よりもかなり安価に作ることができる。僕のスキルを使ってお金儲けをするならこれを売らない手はない。


 僕は額に汗を流しながら、松明のかけらを削り落とし、温めた《夜泣きヤシ》の油に落とし入れた。むせかえるような煙臭が工房中に立ち込めるが、それが《愛撫の坩堝》の撃退には重要なのだ。僕はじっくりと松明の欠片を煮出し、油に香りを移す。


 ウォーキンデックスさんはその間、甲斐甲斐しく工房を掃除してくれた。割れた壁材やガラス瓶の修復、降り積もった埃や白カビの除去、重い素材の整理など、利便性に特化した白魔法はあっという間に僕の生活空間を整えていく。ふと辺りを見回すと、ぼろぼろでいまにも崩れそうだった僕の工房は、いつのまにかピカピカになっていた。


 ウォーキンデックスさんは熱や油跳ねへの防御魔法も唱えてくれようとしたが、断った。


「すみません、油の温度や香りがわからないと、出来上がったかどうかがわからないので……」と申し訳ない思いで僕が言うと、ウォーキンデックスさんはニコリと笑った。


 そうして半刻後、《擬似・火草エキス》の瓶は無事に完成。出来上がった瓶を並べて、僕はふぃーっと息を吐く。ウォーキンデックスさんはぱちぱちと小さく手を鳴らした。


「あっというまに六瓶! 見事な手際と集中力でしたよ、ゼジくん」

「そ、そんなことないですよ……全然……」


 口ではそう言ったが、確かに僕は満足感のようなものを感じていた。


 アイテムの調合にここまで集中したのは久々だ。ギルドに所属していた頃は目の前で急に目的だけ言われて、その場で調合するアイテムを考えていた。今回のように予め作るものも手順も決まっていて、文句を言われないとものすごく作業がしやすい。なんだか薬学が好きだった頃の気持ちを思い出せたような気がする。


 僕はなんだか少し気分が上向いているのを感じながら、ウォーキンデックスさんに訊ねる。


「次は、これを市場に持っていくんですよね? 売れるといいんですが……」

「いえ、違いますよ? これは市場には出しません」

「え?」

「というか、出せません。多分ですが、《擬似・火草エキス》は市場で売ったら大問題になります」

「えぇっ!?」と僕は目を丸くする。

「ど、ど、どうしてですか……?」


(つづく)

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