第13話:救出、したはよいのだけれど……?

 まさか話に聞くウォーキンデックスさんが、こんな若い、しかも綺麗な女性だったなんて夢にも思わなかった。


 僕たちはなんとかダンジョンを抜け出した。僕の作った《擬似・火香エキス》はまあまあちゃんと作用していたようで、第三・第二階層でそれ以上、《愛撫の渦ラボルテックス》に襲われることはなかった。問題だったのは第一階層の門番だったが、持ってきた《目隠し炭酸ブラインソーダ》を全て使い切り、二人三脚で全力疾走した結果、なんとか一撃も攻撃をもらわず済んだ。正直今回のダンジョンで一番危機一髪だったのがあの場面だったかもしれない。


 僕はウォーキンデックスさんの案内で、具合の悪そうだった彼女を家まで送り届けた。といってもダンジョン付近の交易場にある宿屋の一室で、ウォーキンデックスさんにとっては、全国にある拠点のうちの一つなのだそうだったが。


 綺麗に片付けられ、広々としたその一室は、窓から海が一望できる素晴らしい部屋だった。さすが白魔道士の部屋ともなると僕なんかの家とは格が違う。


 家まで送って、ここまででいいと言われてしまったらどうやって《リジェネレート》のことを聞こうか。そんな風に思っていたので、具合の悪そうなウォーキンデックスさんに「どうぞ、お入りください」と中へ招かれた時は少しホッとした気持ちになった。


「ごめんなさい、ゼジくん……でしたでしょうか? 命の恩人にこんなことを言うのも申し訳ないのですが、何か……食事を作ってくださいませんか? ちょっとまだ、身体が思うように動かせなくて……」


 そんな風に言われたので、僕は快く引き受ける。こんな広い調理場で食事を作っていいなんて、個人的には願ったり叶ったりだ。棚には質のいい干し肉と、舞牛のものらしきチーズなどの乳製品。柔らかなパンに、バラム糖、塩、香辛料もいくつかある。これだけあればなんでも作れるぞ、と僕は気をよくした。余談だがアイテム合成と料理は似ているところが多く、薬師は総じて料理好きなことが多いのだ。


 スープと肉のソテーを作って机に並べると、「温かい……」と言ってウォーキンデックスさんはそれを美味しそうに口へ運んだ。


「命を救ってもらった上に、料理までしていただいて、ありがとうございました。ゼジくんのお陰で人心地つきましたよ」


 一通り食事を終えると、ウォーキンデックスさんにお礼を言われた。お礼を言われるのなんていつぶりだろうか。僕は「いえいえ……!」と焦って首を振る。ウォーキンデックスさんは言いづらそうに続ける。


「なんというかその……はしたないところを見せてしまって、すみませんでした。今日見たことは、忘れていただけると助かります……」


 ウォーキンデックスさんは恥ずかしそうに、長いまつげを伏せる。


「ああ、まあ、はい……そうですよね……もちろんです……」


 き、気まずい。と、それはさておき。

 僕は話題を変える。


「あの、お礼と言っては難なのですが、ひとつお聞きしたいことがありまして……実はそのために、僕はあなたを探していたのです」


「……私を? そうだったんですね。なにがお聞きになりたいんでしょう。わかることだといいのですが……」


 僕は「やった!」と手を叩きそうになりながら、ウォーキンデックスさんに尋ねる。超有名な救世の勇者・ヴェレトス。彼のユニークスキルであり、いま自分の持っているスキルでもあることが判明した、《リジェネレート》について――。しかし。


「あなたにそのスキルが発現したという話は驚いたし、正直、半信半疑なんですが……ごめんなさい、彼のスキルについては私も一時期調べていたのだけれど、《残機》と呼ばれるものの増やし方については、明確な記述が発見できなかったの……」


「そ、そうですか……」


 と、いうことは……つまりこれで、万策尽きたことが確定したわけであった。


 トホホ、と僕は肩を落とす。これで話は振り出しだ。今回はなんとか残機を失わずに済んだものの、結局収穫はなし。むしろ使ったアイテムの分マイナスであるとすら言える。いや、しかし……しかしそれは言いっこなしだ。みんなから尊敬される勇者に一歩近づいたと、そう思っておくしかない。むしろ命のストックがひとつあるお陰で、新たなことにチャレンジできたと思おう。


 そんな風になるべくポジティブに、しかし完璧なる敗北を噛み締めていると、目の前で『がしゃん!』と、音を立ててウォーキンデックスさんが机に突っ伏した。


「ウォーキンデックスさん!? どうかされたんですか?」


 慌てて駆け寄り、肩を揺らす。体温が高い。顔をあげさせて額に手を当てると、熱があった。回復したように見えていたが、やはりまだ体調が悪かったのだ。


「う、うう……」と唇の隙間から苦しそうなうめきが漏れている。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る