第11話:助けてあげる? 助けてあげない?
僕の脳裏には、いろんな情報が錯綜した。今日僕がこのダンジョンにやってきたのは、ウォーキンデックスという白魔道士様を探すためだ。彼女の知識を借りることができれば、自分の持つスキル《リジェネレート》の残機を増やす方法がわかるかもしれない。それに自分の命がかかっているとも言える。他のことをやっている暇はない。
思えばギルドにいる間もそうだった。なんとかパーティの役にたとうとして、あらゆるものを犠牲にした。溜め込んだアイテム。睡眠時間。お金。趣味。生活。感情。それで手に入れられたものはといえば、罵声と周囲からの白い目。そして猫系獣人からの最後通告である。挙句僕は女の子に騙されて、首を切られ、殺された。
「こういう時はごね得ニャ」
人事課の猫系獣人さんはそう言った。
「弱さを表に出すからこうなる」
ソンコウと呼ばれた剣士はそう言った。
「可哀想だね、ゼジさん。本当に本当に可哀想」
ミミさんはそう言って僕を嘲笑った。
この世界は、汚い。弱肉強食の世界だ。自分より弱いものを食らわなければ、いつまでたっても強者にはなれない。僕は慈善活動のためにここまでやってきたわけではないのだ。何が得か? 何が損か? それを考えることをしてこなかったから、いま自分はこんな目にあっているのではないのか? どうすべきかは明らかだ。目の前の、浅ましくよがり死んでいこうとする女の子なんか放っておいて、いますぐウォーキンデックスさんを探しにいくべきだ。
――だけど!
「…………あー、もうっ!」
僕はその場にしゃがみ込み、背負っていたバッグの中身を全て床にぶちまけた。
何が得か? 何が損か?
そんなのはどうでもいい!
子どもの頃、僕は何になりたかった?
ウォーキンデックスさんに話を聞くのはなんのためだ?
僕は、かっこいい勇者になりたいんじゃなかったのか!?
剣士でも、魔導士でも、薬師でもなんでもいい。
かっこいい人に、なりたかったんじゃないのか!?
それなら、目の前に困ってる人がいたら。
助けてあげなきゃ、本末転倒ってもんじゃないか!
僕は血眼になって、目の前に散らばったアイテムに目を走らせる。
何かないか!? このクリーチャーを引き剥がす方法! さっきの女性が持っていた薬品――《火香エキス》だったか? あれと似たようなものが作れれば、あるいはこの人を救えるんじゃないか!?
僕は考える。《火香エキス》――エキスというからには動植物からアルコールでなんらかの成分を抽出したものか? いや、だがこの手のアイテムは見た目やイメージから慣用的に名前がつけられている場合がある。そういえばさっきの黒い女の人はこれを『香水』だと言っていた。香りが大事、ということか? だとすれば何の香りが重要なんだ?
僕は急いでさっきの部屋まで戻り、床に先程の《火香エキス》が残留していないか嗅いでみる。だが先程の女冒険者さんは失禁もしていたのか、愛液やら何やらと混ざり合っていて匂いはよくわからなかった。
ならばと今度僕は先ほどもらった名刺を取り出す。黒い服の女の人は素手で《火香エキス》の入った瓶を扱っていた。ならばエキスを女冒険者に振りかけたときに手に付着し、それが名刺にも染みこんでいる可能性がある。
名刺をすんすん嗅いでみると、どこか香ばしいような、煙いような香りがした。これはウィスキー? いや、タバコ……か……? いずれともよく似ている《煙臭》が、ほのかに香っていた。それで、僕は思い至る。
先刻、あの黒い女の人はずっとタバコを吸っていた。こんな地下のダンジョンで……と思っていたが、あれはもしかしたら自衛のためだったのではないのか。
あの人は仕事でここ《
そう考えるとひとつ納得がいくこともあった。それは『なぜ僕が《愛撫の渦》に襲われないのか?』ということ。思うに、このクリーチャーは緑色の幼体の頃よりも、桃色の成体になってからの方が、この《煙臭》に対して敏感なのではないか? だから壁に埋まっている灯りは松明から魔光石に代わっていて、第二階層では襲われてから解放されていた僕が、第三階層では見向きもされないのではないか?
仮説はあくまで仮説。だが、試してみる価値はある。
この《煙臭》をどうにか強く発生させれば、《愛撫の渦》を撃退できるかもしれない!
(つづく)
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