第8話:ぞわぞわ、しました。

 ダンジョンは迷路のようになっていたが、地面の苔の感じからすると冒険者がよく通る道とそうでない道が明確に別れているようだった。大抵の道はびっしりと床に苔があるのに、一筋だけ、獣道のように何も生えていない道ができている。意外と人通りがあるダンジョンなのか……? いわくつきのダンジョンなのに……?


 不思議に思いながらもその踏破済みと思わしき道を歩いていくと、不意に後ろから『ぶじゅる』と嫌な音がした。


 一応脇道にもクリーチャーらしき影がないか確認しながら来たはず。まさかなあー……と思いながら恐る恐る振り返ると。


『ぶじゅるぶじゅる、ぶしゅしゅー』


 なんかデカくてキモい触手の塊のような物体がもごもごと蠢いていた。僕の身長くらいある。どこから発声してどこから僕のことを見ているのかわからない。だが触手型クリーチャーは、ぞわぞわと触手を動かしながらまっすぐこちらへ迫ってきた!


「ぎゃああああ出たーーーー!」


 僕は急いで走り出した。


 な、なんで!? ちゃんと前後左右、敵がいないか確認しながら来たのに! すると目の前、天井に張り付いていた苔がずるずると落下してきた。そのままのっそりと立ち上がり、背後の触手型クリーチャーと同じような形態になる。はーっ、なるほどね! そういうことね! そういう感じね!


「おおおお来るな! 来るなーーーーっ!」 


 手にした短剣をぶんぶん振り回しながらとにかく前へ前へと進む。そうしながらどうにか落ち着ける場所を探すも、クリーチャーはそこかしこにいた。まずい、まずい、まずい! このままでは取り囲まれてしまう! 何か、何か使えるアイテムは!?


 そう思って走りながらバッグの中身を漁ろうとしたとき、足を何かに引っ掛けた。


「んぐっ」と言ってそのまま転ぶ。あごをぶつけた。視界がちかちかする。何に蹴つまづいたんだ!? と足に目を向けると――掴まれていた。足首を。触手で。


 お、終わった――ッ!


 血の気が引いた。あのクリーチャーはどういう生き物だろう。生きたままじっくり消化とかされたりするのか!? それともあの触手の隙間に口があってガジガジ齧られるのか!? どっちもやだ! 助けて!


 恐怖で錯乱しめちゃくちゃに暴れる。そうしている間にも足はどんどん引っ張られ、やがて手や身体が『ぶじゅる』と柔らかいものに触れた。なま、なま、生温かい……っ! 


 そうして抱きしめられるように僕の身体は触手に包み込まれた。服の隙間から何から、身体中に触手が絡み付き、そして――


 次の瞬間、『ヴェッ!!!!』と吐き出された。


 僕は体の支えを失って、べしょっ、と床に倒れ伏す。触手型クリーチャーは『ヴェホ! ヴェッホ!!!!』と何度かむせるような仕草をすると、ぺっ! と粘液を吐き散らして、そのままのそのそとどこかへ去っていった。

「…………へ?」

 た、た、た、助かった? 僕が暴れたから? それとも持ってきたアイテムのどれかのせい? しかし荷物を確認してみるも特に割れたり漏れ出したりしているアイテムはない。いったい何故僕は助かったんだ?


 何にせよ、命はなんとか助かった……! クリーチャーの唾液(というか粘液?)まみれにはなったけれど、これは僥倖と言えるだろう。


 その後もダンジョンを進んでいく間に何度か同型クリーチャーに襲われそうになったが、捕まっても吐き出されるだけで、特に被害は受けずにすんだ。精神的なダメージはあるが、身体には別段影響がない。いったいなんだというんだ……何がしたいんだこのクリーチャーたちは……?


 そんなこんなで結局最終的に、第二階層は驚くほど簡単に踏破できてしまった。しかも例の、第三階層まで続く獣道のような道だけでなく、ダンジョン全体がマッピングできてしまった。これは今回の目的がダンジョンの攻略ではなく、ダンジョンのどこかにいるウォーキンデックスを探すのが目的だったからなのだが……当初の想定よりだいぶ簡単にことが済んだので、個人的にはかなり意外な気持ちだった。


 いやいや、だがここから先は第三階層。基本的にはどのダンジョンでも階層が深くなればクリーチャーも強くなる。第二階層が余裕だったからと言っても油断はできない。気を引き締めねば――!


 そうして辿り着いた第三階層は、第二階層とは明らかに雰囲気が変わっていた。そこら中に苔が生えているのは一緒なのだが、苔の色が薄い赤――というか、桃色をしていた。そこら中に立ち込めている臭気も、どこかほんのり甘い、果物のような香りがする。そこら中に円形の部屋のようなものがあり、松明の代わりに、魔力で発光する魔光石が、一定感覚で壁に埋め込まれていた。


 なんだろうここ……なんか……整備、されている……?


(つづく)

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