第7話:いわくつきダンジョン、苔の巣窟。

 翌日。


「よーし、ついにやってきたぞ……」


 低級ダンジョン《苔の巣窟プランツネスト》。その出入り口目前で、僕は自分に気合を入れた。急いでいたのと、他にまともな服がなかったので衣類等は昨日のままだが、背負ったバッグにはなけなしの素材アイテムを詰め込んである。役に立つかわからない魔除けや装飾品や、使った試しのない短刀も護身用に持ってきた。正真正銘、これが自分に出せる全力。後悔だけはしたくなかった。これでうまく行かなかったら、それまでだ――!


 森の少し開けた場所にある、地下へ向かう階段。名前の通りに苔むしたその石段を下っていく。やがて現れた大きな石の扉の前で、僕は用意してきた薬品、《目隠し炭酸水ブラインソーダ》を頭から被った。


 こ、これでよし。急がないと……!


 僕は重い石の扉を身体全体で押し開けて、ダンジョン内部へと足を踏み入れた。


 扉が通じていた先は、すごく天井の高い、広大な部屋だった。壁に等間隔で設置された松明にてらされ、真正面――二百メイルほど先に豆粒のような扉が見える。あそこまでたどり着けば次の階層――もうひとつ下の階へと行けるのだろう。


 僕は急いで駆け出しながら、広大な部屋の左右にチラと視線を走らせた。事前に読んでいた情報通り、そこには巨大な石像が一体ずつ配置されていて、それぞれに巨大なおのと、つちとを持っている。石像はサイクロップスを模した単眼をしていて、その巨大な目は石で作られているはずなのに爛々らんらんと輝いている。一瞬目が合った気がしたが、《目隠し炭酸水ブラインソーダ》が効いているはずだ。僕は効果が切れる前にと、足早に次の階への扉を目指した。


 低級ダンジョン、《苔の巣窟プランツネスト》。そのユニークな特徴のひとつに、第一階層の門番の存在がある。


 なんでも記録上では、その門番らは何故か『男性冒険者の侵入』だけを阻むのだそう。女性冒険者が入る時はぴくりとも動かない。理由は不明。ただ、数十年前にこのダンジョンに挑んだ王家直属の有力パーティが、この石巨人を倒そうとして敗北したという記録がある。その際は男性冒険者のみ、八名が教会送りになったそうだ。つまり簡単に言えば、この門番を倒すことは考えない方が良いということ。


 ならば男性である僕がダンジョンへ入るにはどうすればよいか。簡単だ。見つからずに抜けていけばよいのである。《目隠し炭酸水ブラインソーダ》は身体に振りかければ周囲から姿が見えなくなる便利アイテムだ。石巨人がひとつ眼であるというところから、おそらく視覚に頼っているだろうと思ってのことだったのだが、どうやらうまくいったらしい。だがこのアイテム、有効成分はどんどん気化してしまうため、悠長にはしていられない。僕は足早に正面の、下の階層への扉まで進んだ。


「とりあえず、第一関門クリア……かな?」


 額の汗を拭いて、ホッと一息。しかし問題はここからだ。《苔の巣窟プランツネスト》……いわくつきと言われているだけあり、ここから先は何故か情報が記載されていない。いったい、どんなクリーチャーがいるんだ……?


 湧き上がる不安をどうにか精神力で押さえ込みながら、僕は重たい石扉を押し開けた。ダンジョンに入る時と同じ、長い石段を一歩ずつ降りる。


 第二階層、ダンジョンの様相は様変わりした。近いうちに誰かが入ってきたのか、壁の穴には燃え盛る松明たいまつが刺さっている。それに照らし出された壁面には苔がびっしり生えていて、湿った空気が辺りに漂っていた。一歩踏み出すと、海藻を踏んだようなぬめりけとプチプチという感触がする。めちゃくちゃ気持ち悪い。が、靴底は溶けてないし、強い酸やアルカリは分泌されていないようだ。普通に気持ち悪いだけである。低級ダンジョンという分類に偽りはないらしい。


 僕は周囲を警戒しながら、慎重に前へ前へと進んだ。


(つづく)

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