第6話:決断を迫られた、わけではありませんが。

 数時間。


 司書さんにお礼を言って別れた後、僕はまっすぐ家へと向かった。


 ここ三ヶ月くらいはギルドで寝泊まりしてたし、有給を使ったときに一度戻りはしたけれど、その時も素材アイテム探索ですぐ出かけてしまったから、家の中は雑然としている。ほこりを被った干し肉と緊急時に食べる用の飾りパンを使って、簡単なスープを作って食べた。全然味がしなかったけれど、空腹の身体には沁みた。薪がしけてしまっていて、火を消す時にかなり煙を浴びてしまったけれど、ご飯が食べられただけマシだ。


「さて、と」


 僕は軽く部屋を片してから、アイテム貯蔵庫へ移動した。ここには貯めてきた素材アイテムがある……といってもほとんど仕事で使ってしまったから、いまあるのは有給休暇中に揃えてきたアイテムだけだが。


 僕の職業は(失職したけど)《薬師》である。とはいっても薬しか扱わないというわけではない。アイテム同士を調合したり使い方を考えたりして、戦闘や探索や日常生活で役に立てられるようにするのが僕らの仕事だ。前線型と後方支援型の二種類がいて、僕は前線型。パーティと一緒に現場に出向いて、その場で必要なものを調合する。未踏破のダンジョンでは事前に何が必要になるかわからない場合が多いため、幅広く応用の利く素材を持っていって、その場で調合するのである。


 僕はありったけ、必要そうな素材を準備した。

 もちろん、《苔の巣窟プランツネスト》に向かうためである。


 図書館からの帰り道で死ぬほど悩んだのだが、僕はやはりこのスキル《リジェネレート》を使いこなせるようになりたかった。このスキルが自在に扱えたなら――残機を自由に増やせるようになったなら、僕は勇者・ヴェレトスと同じラインに立つことができるかも知れない。そのためにはどうしても、歩く百科事典――ウォーキンデックスに話を聞く必要がある。


 幸い、《苔の巣窟プランツネスト》は公式には新米冒険者でも踏破可能とされているのだ。本来はダンジョンを管理している《斡旋屋あっせんや》に聞かねばならないダンジョン情報も、僕の代わりに司書さんが料金を払って取り寄せてくれた。必要なアイテムも事前にある程度予測がつきそうだったし、何より、僕には《残機》――命のストックがまだひとつ、ある。


 これを使えば普通の冒険者よりは死んでしまう可能性は低い。もしかしたら《残機》を失ってすごすご帰る羽目になるかも知れないが、その時はその時だ。


「どうせ《リジェネレート》の秘密がわからなかったら、僕は底辺薬師のままだ。せっかくのストックも、このままじゃ餓死して使うことになる。そんなの意味がない! 僕は必ず、《残機》の増やし方を突き止める! そしてきっと《リジェネレート》を使いこなして――」


 僕は自分を鼓舞こぶするように、あえて口に出して宣言した。


「僕はかっこいい、勇者になるんだ!」



 ◆



 ――一方その頃、低級ダンジョン《苔の巣窟プランツネスト》。


 そのいくつかある階層のひとつで、女冒険者の悲鳴が上がりました。

 内容はこんな感じです。


「あっ、あっ、あっ、駄目! もう、もう限界!」


 クリーチャーに捉えられた女冒険者は、いったい何をどうされてしまっているのか、大声で助けを求めています。ですが、周囲に彼女を助けられるような人はいないようです。


「あっ、あっ! あん! 死ぬ! 死んじゃう! 誰か、誰か助けて……! ああああ!」


 そうして女冒険者は、高らかに潮を吹いて失神しました。強くイキすぎて、白目をむいてしまっているようです。かわいそうですね。


 さて、底辺薬師ゼジ・ラクトードを待ち受けるのは、いったいどんな恐ろしいクリーチャーなのでしょうか? ダンジョンで何が起きているのか彼が知ることは当然なく、夜は更けていきます……。


(つづく)

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