第5話:勇者ヴェレトスの伝説によると。

 しかし問題は、その《残機》――命の数の増やし方だ。それがわからないなら、命の数がひとつ多いからとて、迂闊うかつな行動は許されない。極端な話、もし昨日僕が目覚めるのがもっと早かったなら、僕はミミさんやその仲間たちがまだ部屋にいるところで目を覚まして、もう一度殺されてしまっていたかも知れない。


 僕は目を皿にして、すみずみまでその本を読み込んだが、残機の増やし方については不明であるとのことだった。勇者ヴェレトスに関する記述がある本は他にもあったが、詳しいことはやはり書かれていない。これじゃ宝の持ち腐れだ。どうしよう。


 疲れてしまった僕は、ぐうぐうと鳴くお腹に頭を抱えた。お腹が空いて頭が動かない。そういえば朝から何も食べておらず、しかし自分はいま無一文。パンのひとつも買えやしない。一旦家に帰るしかないか。


 そう思って、読んでいた本を戻す。とぼとぼ歩いていると、帰りがけに司書さんに呼び止められた。何かと思ったら入館証だ。再発行をお願いしていたのを忘れていた。


「じゃあこれ、新しいやつ。次はなくさないでね!」

「はい……ありがとう、ございます……」

「なんだい、元気がないね。調べ物、はかどらなかったの?」

「ああ、いえ……まあ、はい。そんなような感じで……」

「ふうん。やっぱ大変なんだね、薬師ってのも」


 なっはっは、と司書さんは豪快ごうかいに笑う。自分にもこんな陽気さがあったらなと、僕はちょっと羨ましくなった。そうだと思いついて、僕は聞いてみる。


「あの、司書さんすみません、勇者・ヴェレトスの伝説ってご存知ですか?」

「ん? 勇者・ヴェレトス? ああ、アレでしょ、何されても死なないって有名な。お話じゃすごい色男だったそうだねぇ……? 何アンタ、今日はその勇者様について調べてたの?」

「ん、まあ、はい……そんな感じです。彼は自身のユニークスキル、《リジェネレート》で命を複数持つことができたみたいなんですが、それを貯めるための条件が、調べても出てこなくて……」

「ふうん、そうなの?」

 と司書さんは垂れたあごをさする。


「詳しくは私も知らないねぇ……ていうかアンタ、アレって確か御伽噺おとぎばなしのはずでしょう? そんな詳しい理屈なんかないんじゃないの?」

「んぐ、まあ、はい……そういう見方も確かにあるんですが……」


 僕は再び肩を落とした。やはり駄目か。図書館の司書さんさえ知らないとすると、アカデミーの先生に訊ねるか、最悪自分で検証するしかない。といっても先生方は多忙でいつ時間が取れるかわからないし、自分で試そうにもどこから確かめたらいいのか見当もつかない。僕がこのスキルを使いこなせるようになるのに、一体どれだけの時間がかかるのやら。まったく先が思いやられる。


 だが、そんな僕を見ていた司書さんが、こんなことを言い出した。


「……ウォーキンデックス様なら、何かご存知かもしれないねぇ」


「う、うぉーきん? それはあの、どちらさまで……?」

「ウォーキンデックス様よ、ウォーキンデックス様。ものすごい博識な女魔導士様でね? 歩く百科事典って呼ばれてるのよこれが。この図書館の常連で、確か古い伝説とか説話とか、そういうのが専門だったはずだよ。下手したらアカデミーの先生様方なんかより、よっぽど詳しいかも」

「歩く、百科事典……」


 なんだかすごそうな肩書きだ。僕の脳裏に聡明そうな、皺を蓄えた壮年女性のイメージが浮かぶ。そんな人なら、確かに何か知っているかもしれない。


「そ、そのウォーキンデックス様は、いつもはいつごろこちらに!? 本日はいらしてないんですか!?」

「んん、そういえば最近見てないねぇ。ダンジョンに行くようなことを言ってたと思うけど……」

「その話、詳しく教えてください!」


 僕が慌てて問いただすと、司書さんは思い出し思い出し教えてくれた。


 話によるとそこは、《苔の巣窟プランツ・ネスト》と呼ばれる古いダンジョンだそうだった。等級はかなり低く、新米冒険者でも踏破可能とうはかのうとされている。にもかかわらず、何故か入ったまま行方不明になる冒険者が続出したお陰で、現在ではいわくつきとされているのだとか。議会連の中でも等級を上げるべきだという意見が何度か出ているものの、何故か毎回棄却されているらしい。


 ウォーキンデックスというその魔導士様は今回、その『いわく』が何なのかを突き止めるため《苔の巣窟プランツ・ネスト》に向かったのだとか。それでしばらく姿を見ないというのは、結構緊急性が高いかも知れない。司書さんは最後、ちょっと不安そうに付け足した。


「そう考えると、嫌な想像をしちゃうねえ。あの人に限って滅多なことはないと思うけど、なんか変な目にあってないといいねぇ……」


 僕はしばらく「うーん」と考えて、やがて司書さんにこう尋ねた。


「そのダンジョンの場所、教えてもらえますか?」


(つづく)

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