第3話:スキル、リジェネレート。

 僕の両手を握って、騎乗位で腰をくねらせながら、ミミさんはふと悔しそうにこう言った。


「なんだ、もうおしまいかー。まだ全然やり足りないのに」

「?」


 どういうことだろう? というかいま、なんて言った?


 僕は不思議に思って、

「どうしたの、ミミさん?」と訊ねる。

 するとミミさんは両手で僕の顔を包み込んだ。


「ごめんね、ゼジさん」


 え、と。急に謝られたので僕が混乱していると、ドアの外がにわかにうるさくなった。ドスドスという複数人の足音がする。やがてドアを蹴り開けて入ってきた集団は、僕が飲み屋にいるときに目にした、筋骨隆々の男たちだった。


 俗に言う『美人局つつもたせ』なんだと、気づくのに時間はかからなかった。


 僕は急いで逃げようと思った。でもできなかった。全身をミミさんに掴まれていたから。ニヤついた男が部屋にどんどん入ってくる。その数、四、五――六人。彼らはそれぞれ、大振りの剣を腰に差していた。


「あーあ、ちっちゃくなっちゃった」

 残念そうに言って、ミミさんは腰を浮かせた。萎えた僕の陰茎が、ぽろんとミミさんの膣口から漏れ落ちる。

「ど、ど、ど、どうして……」と僕は声を震わせながら言った。

 ミミさんは相変わらず僕の手を握りながら、「うーんとね?」と言った。


「私ね、可哀想な男の人が好きなの」


 そう言ってにこりと笑う。

「男の人が可哀想な目にあってるのを見ると、死ぬほど興奮するの」

 かわいい笑顔で。輝くような笑顔で。

「この人このあと殺されちゃうのに、って思うと、すごくきもちいいの」

 そんな風に、言うのだった。


「ゼジさん、最期の一日、どうだった? 酷い目にあったらその分いいことがあるとか思った? 頑張っていれば良い日もあるんだなとか、生きてれば良いことあるんだなとか、そんな風に思っちゃったりしてた? そんなのはね、勘違いだよ。どんなに酷い目にあっても、どんなに頑張っても、どんなに長い間生きても、良いことがあるかどうかとは関係ないの。弱ってる人は私みたいな悪い子に目をつけられて、もっとひどい目にあうの。可哀想だね、ゼジさん。本当に本当に可哀想」


 その言葉を聞いて、僕は。

 なんだか、笑えてきてしまった。

 もうなんか、何もかも嫌になって――。


「ソンコウ」と誰かの声が上がると、六人いた男のうち、線の細い長身の男が一歩前へ出た。珍しい、長い黒髪を一本にまとめた、不思議な装束を来た男。腰に二本差した嫌に細身の剣をスラリと抜いて、ベッドに登ってくる。


「首か。心臓か」

 ソンコウと呼ばれた男が短く問うと、ミミさんは「んー」と少し迷って、

「ちょっと物足りないから、首」と答えた。

 ソンコウは舌打ちして「趣味が悪い」と小さく吐き捨て、僕の喉元にその細身の剣をあてた。


 僕は慌てて「ちょ、ちょっと待っ……」と暴れようとしたが、そうする間もなく喉元の皮膚に、スッと冷たい感触が走った。


「弱さを表に出すからこうなるのだ。来世では気をつけるんだな」


 次の瞬間、思い出したような鮮烈な熱感が神経を焼いた。


「痛い!」そう言おうとしたけれど、喋ろうとしたら喉に激痛が走った。痛くて痛くて、首周りの筋肉が喉に向けて集まるように収縮しているのがわかる。それでも喉の奥にはたくさん液体が入ってきた感じがして、僕は思わずむせ込んだ。がぼがぼという水音が耳の奥にひびく。視界に赤い飛沫が走って、ソンコウが迷惑そうに顔をしかめた。肩がたくさん濡れて、息ができなくなって、僕は、どんどん、意識が遠く、なって――


「あ、すごい。また勃ってる!」


 そんなミミさんの喜んだような声だけが、最後に聞こえた。


 やだ。


 とそう思った。


 もうやだ。もうやだよ……。


 そうして僕は、絶命した。



 ◆



 ぴこーん。


 間抜けな音がして、目が覚めた。

 まぶたを開けると、朝だった。窓から入る朝日に照らされ、白くなった天井が見える。

 がば、と。驚いて体勢を起こす。夢――とはまったく思わなかった。僕の寝かされていたベッドは、そこらじゅう血塗れだったから。


「へっ!?」と思わず素っ頓狂な声をあげる。ハッとしたが、声は出ている。喉も痛くない。おそるおそる、手で自分の首を触ってみるけれど、どこにも傷らしき手応えはなかった。


 周囲には誰もいない。慌てて浴室に行き、浴槽に水を貯める。水面に反射した自分の首元は、思った通り、傷一つなかった。


 なんだこれ、どうして……?


 ベッドのある部屋に戻った僕は、首をひねる。

 昨日のは僕の妄想? それとも酒に酔って幻でも見たのか? いや、だがこの血痕は――? 部屋中に錆びついたような鉄の匂いが立ち込めているから、まさかワインやジャムではないだろう。そして、なにより……


「なんだろう、この数字?」


 視界の左下の部分に、数字の「1」が浮かんでいた。


 目にゴミがついてるのかと思ったけど、目をこすっても瞬きをしても取れない。首を振っても、移動しても、常に視界の同じ位置に数字は浮かんでいる。いったいどういう原理なのか? しかもよく見ると数字の下部には、小さな文字でこう書かれていた。


『スキル、リジェネレートが発動しました。

 残機数:残り1』



(つづく)

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