第19話 エピローグ

(木々の間を黒ずくめの小柄で華奢な女が

駆け抜けている)


ホークと別れた後、取り敢えずキラービーは

総統府、そして首都から遠ざかっていた。


夜風は少し冷たかったが気にならなかった。


「さて……」


彼女はこれからの事を考えなくては

ならなかった。

それは彼女にとって初めてのことだった。


生い茂っていた木がふと無くなり、

開けた場所に差し掛かった。

空には大きな満月が輝いていた。


彼女は足を止めて月を見つめていた。


ほとんど感情のない彼女であったが

月を見上げたいという欲求だけは

素直に認めていた。


そして汚れてしまった自分の手を眺めた。

その手は実際には汚れてはいなかったのだが、

彼女の心象的には汚れていたのだ。


『そう、私の手はそういうことをしてきたのだ

今までずっとずっとずっと……』


だからといって何かを後悔するということはない。そうして今まで来た道を振り返る。


『だがこれからは変わるのだろうか?』


そんな予感も特にはない。


彼女はずっと人の命令に従って生きてきた。

彼女はどんな命令を受けても、それを嫌だ

やりたくないと思ったことはなかった。

そういうものだと思うだけであった。


今朝までは……


この日初めて自分の意思で動くことにした。

そして一つの物事をやり遂げたのだ。


それは結果的に今までの生活を一変させる

こととなるのだが(むしろ彼女以外の)

初めて自発的に動いた行いは、何の計画性も

未来展望もなくひどく無責任な結果になって

しまう………


人は殺せば死ぬ。

その人の時間はそこで止まる。


生きていればその生命の時間はまだ続いていく。


そして彼女はまた自分の手を見る。

自分が止めてきた時間の数々を思い出すが

相変わらず何も感じない。


『それらは全て止まってしまったのに、

私はまだ動いている。動いているのか……』


求めるものは何もない。


ただ一つ、空に月が、月があればいい。



彼女に命令を出す者はもういない。

彼女がその手でその時間を止めたのだから。


これからは自分で考えなければならない。

果たしてこの世界に月を見上げることより

必要なものが存在するのかどうかを………

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死神は月を抱いて眠りたいーー死神と光の教団 漂うあまなす @hy_kmkm

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