第16話 ケジメ(2)

「命令違反ですか!?あなたが!?」


今目の前で起こったことを見てもなお、ホークは

キラービーが命令違反をするなど信じられないと

驚いていた。


「あなたは確か今『光の教団』の任務中ですね、

今からそれについての会議が行われるはず

だったんですけれど……」


そう言って辺りの死体を見つめる。


「まさか『光の教団』に鞍替えされましたか?」


「いや………」


キラービーはイーダの遺体から目を離し

ホークを見て答えた。


「私が彼らに協力することはない。」


「あらまあ……ではこの殺害はあなた個人の

意思によるものなんですね。」


「そうだ。」


「命令違反をすると処分されることもあると、

先手を打ったのですか?」


「処分など、どうでもいい。だがソイツを

そのままにしておけばまた別の奴が教主を

殺りにいく。それでは私が殺らなかった

意味がなくなる…………」


本当にそれだけの理由であった。

それだけの理由でこの日彼女は動いたのだ。

意味というものについて初めて考え、

初めて自発的に行動した。

それは過激という言葉では収まらない結果を

もたらしたが、彼女はそれによって起こること

までは考えるつもりがなかった。


………ひどく無責任で自分勝手な行動による

革命になってしまうわけだが

キラービーには政治的思想が無く、国や国民に

対しても何の興味関心も無い。

この行動がこの国にとって悲劇となるのか奇跡と

なるのか、別の者に委ねられることとなる。




「意味ですか……そのような理由で彼を……

盲点というか、何て言いますか……そうですか

命令を遂行できなかった者は皆、一か八かで

逃亡を試みますが、このような行動に出るとは

何ともあなたらしいのかもしれませんね。」


ホークはそう言うと、イーダの遺体から

彼のメモ書きノートを探り取り出した。


「今日の夜には『息子達』に会うことになって

いますね。遺体を隠しますか?それでも

総統陛下にはいつまでも隠せませんが……」


「総統は先に始末してきた。」


「へっ!?はっ!?えっ………!?」


努めて冷静に対応してきたホークももう

驚きを隠せず、思わず声を上げてしまった。

耳を疑い口をあわあわとさせ、とても思考が

追い付かないようだった。


「イーダを殺っても総統が生きていたら同じ

だからな。」


キラービーは淡々としている。


『なぜそれだけの事をしてこれほど冷静なのか』


「あの子は完璧なんだ。精神のコントロールが

完璧なのか本当に感情が無いのか分からない

ところもあるけれど、人間として不要なものを

完全に排除し、それでいて合理的な判断が

できるんだよ。素晴らしいだろ?」


イーダはそう言ってクククと笑っていたことを

思い出す。


『本当にそうだから?でもそれならなぜ?』


ホークは混乱しながらも一番納得のいく答えを

探した。

その間にキラービーが尋ねた。


「総統の秘書がこの事を知るまで後1時間くらいだ。ここにも長くはいれない。

お前はどうするんだ?」


「………どうするとは?」


「お前は総統やイーダの部下だろう?私を捕まえ

なくていいのか?」


「私にあなたを捕まえられるとでも?」


「諦めるのか?殺意を持たずに私を撃つことが

できれば、或いは私を殺すことができる。」


「今の私にそんな気持ちはありません。

命令してくる上司も今いなくなりました。

復讐するほど彼らの為に仕事をしてきたわけでも

ありませんし………」


そして疑うようにキラービーを見た。


「そもそもなぜそんな提案を?捕まりたいの

ですか?この罪に対してきちんと償いたいと?」


「罪か……そんな意識はなかったな。実のところ

この後のことに関しては何のプランもない。

正直どうなろうがどうでもいいと思っている。」


ホークは益々呆気にとられた。

この国の全てが変わってしまうだろう瞬間に

その真相が何を言っているのか。


「あなたは光の教団の教主を殺さないが為に

総統と総司令を暗殺したのでしょう?

ならば生きてその教主に力を貸すべきでは?」


「それはしないと先ほど言った。」


「ではなぜ教主を殺さなかったのですか?」


「その必要性を感じなくなった。いや元々

イーダの命令を聞くこともなかったのだ。

あの教主の命を重んじたわけではない。」


キラービーは苦い顔をして反芻する


「あの教主のせいで、イーダの命令を

聞かなくていいという選択肢に

………気付かされてしまった。今まで全く

考えてこなかった、いやその存在すら

知らなかったことだ。」


「総司令の部下はみんな自分の意思を封印して

彼の思うように動くことを強要される。

その選択肢に気付いても、気付いてはいけないと

自分を押し殺すしかできません。

あなたは自分の意思を貫いた。

それだけ強い心の持ち主なのですね。」


「いや違う。私は押し殺してきたわけではない、

知らなかったのだ。私は多分余りにも何も

何一つ大切な事を知らない、分かっていない

のだろう………」


「自分が何を分かっていないのかを知りたいの

ですか?」


「………分からない。」


キラービーは右手首をもう片方の手で握り締めた。

そこには袖の中なので外からは見えないが

古い靴紐が巻かれている。


「私は知るべきだと思います。」


ホークは力強く断言した。


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