第15話 ケジメ(1)

総統の秘書が総統を呼びに来るまで約2時間の

猶予がある。

その猶予の間に本当にすべきことを行わなければ

ならない。


キラービーにとって、総統本人に恨みがあるわけ

でもなく勿論世直しのためでもない。

しかし自分で選んだ選択肢

『光の教団の教主を殺さない』

を選んだからには、避けられない行いであった。


イーダにしろ総統にしろが生きていれば

上記の選択は無駄になる。

そもそも命令はイーダから受けていたが

その殆どが総統から来たものであり、そこにとって

都合のよいものばかりであった。

総統の暗殺に関しては何の感情も動かなかった。




静かに総統府を後にしたキラービーはそのまま

情報統括本部へ向かう。

そこにはイーダとイーダの側近の指示部隊の

人間が7名、諜報員が1名いた。


彼らは今から会議をするらしく3階まで階段を

上がってきたところだった。

3階の広めの廊下の一角はロビーに使えるように

なっていて長椅子なども置いてあった。

その部分に差し掛かった9名はハッとする。

柱の影からキラービーが現れたのだ。


「おや、キラービー、今日の夜に作戦の決行と

聞いていたが何か急ぎの報告があるのかな?

何かアクシデントでも生じたかい?それとも

武器の調達かな?」


イーダ以外の8名には緊張が走ったが、

イーダは余裕を持ってゆったりと聞いてきた。


キラービーが任務の途中で任務地から離れるなど

今までは無かったことであるが、他の者なら

有り得たことだったのかもしれない。


「鳩はどうした?」


イーダはニタニタしながら聞いてくる。

彼にはいつでも余裕がある。

実際この時も余裕があったのか、今となっては

もう分からない。


「イーダ、今回の任務は……」


「どうした?潜入は難しいか?」


「いえ。」


短く会話しながらキラービーはイーダに

歩み寄ってゆく。


「お前にできないことはないだろう?」


「はい。でもその前に……

あなたに返したい物があります。」


キラービーはそうた辿々しく囁くと

サッとイーダの懐に入り、イーダから貰った

ナイフを彼の肺に深く刺した。


それは特殊施設から諜報員の教育を受けた後、

暗殺者として活動する際に、

「何か危険な時や身を守る時に使うといい」と

イーダが与えた特注のナイフだった。

その護身用のナイフをキラービーは常に身に

付けてはいたが、今まで使うことはなかった。


「ぐうっ…………!」


そのナイフはイーダの胸に深々と刺されたまま、

声を出そうとすると口から血が溢れてきた。


「ぐっ、ふっ…な、ぜ……」


イーダはそう呟きながら身体を折り畳んだ。

その瞬間周りにいた側近達が

「わああああああっっっ!」

と叫び、狼狽えてキラービーに銃を向けようと

した。


その動きと殺気を感知したキラービーは

素早く動く。

彼女は他人の殺気に対して瞬時に反応できる

それはとても自動的な行いで、彼女の意識の

外での反応であった。


1番近くにいた男に仕込みの別ナイフで首を

掻き切ると、その男の銃で自分に銃を向けようと

してきた者達を撃った。


それはちょうど6人だった。

皆、致命傷を受けその場に倒れていった。


最後に残ったのは諜報員の女性、ホークだけで

あった。



銃撃戦が終わる頃にはイーダは絶命していた。

その顔は苦悶に満ちていた。


キラービーは銃を捨てるとホークを見た。


ホークは銃器に関しては手練と言われている。

それでも彼女は微動だにしなかった。

キラービーが現れてからずっと、ただ成り行きを

見つめていた。


しばらくシンとした静かな時間が流れたが

キラービーが自分に攻撃してこないのを見て、

ホークは問いかけた。


「この状況の説明、聞いても大丈夫でしょうか?」


「あまり時間はないが、どうぞ。」


キラービーは答えた。

彼女は絶命したイーダを見ていた。


どれだけの数の人間を破滅させ、命を奪って

きたか分からないほど傍若無人で独裁的な

男であったが、今はもう動かぬ死体である。


幾人もの恨みを買っていただろう、

しかしその最後は一番信頼していた相手に

よるものだった。

キラービーはイーダを恨んでもいなかった。

何とも思っていないのだ。

嫌な人間だとは感じていたが、そもそも彼女は

生まれてから今まで嫌な人間ばかりを見てきた。

殊更イーダを嫌悪することもない、全てを

『そういうものだ』と受け止め続けてきた。


何かを感じるのは無駄である。

そう判断し生きてきた。

今朝までは……


「どうして総司令を殺めたのですか?

よりによってあなたが……」


動揺はあるようだが、ホークは努めて冷静で

あった。


「私が……命令に従うのをやめてしまったから

……としか答えようがないな。」


キラービーは静かに辿々しく答えた。



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