第13話 蠍
この決行日から一ヶ月ほど前に、
キラービーはイーダからある男を紹介されていた。
「彼は『ファルコン』、『梟』の所属だが
今からお前らの方に配属する。」
バタフライと同じ歳で特殊施設からずっと
一緒だったらしい。
バタフライよりは背も低く、ややずんぐりむっくり
した体型であった。
目付きからも卑屈で疑り深さが現れていて
バタフライとは何もかもが正反対にみえた。
「コードネームはまだ決まっていない。決まり
次第伝える。『死神』としてやっていくための
心得や覚悟を聞きたいらしい。蜘蛛では
話にならんからな、まあ、教えられることが
あれば教えてやれ。」
※この「蜘蛛」はーー少女と出会うに出てくる
ツリースパイダーのこと。
「今までにはない試みだな。どういう風の吹き回しだ?」
「最近お前ら以外の死神が続かん。精神力が
足りんのかもしれんが……人材は無限ではない
この前のようなことがまた起こっても敵わん
からな。」
同業者同士を引き合わせる行為は基本的に
本人の意に反するらしく、不服そうにイーダは
そう言い放ち2人を後にして部屋を出ていった。
2人きりになり、周りの気配が去ると
ファルコンが話し始めた。
「初めましてキラービー。あなたとお話しできて
光栄です。」
『どういう噂が回っているのか馬鹿らしい』と
キラービーは冷たい目線を投げ掛けた。
「任務内容は把握しているのだろう、あえて
私から学ぶものなどあるとは思えない。」
「いいえ、アイツからのアドバイスなんです。
ここでやっていくためにはあなたを徹底的に
コピーしろと。」
「「もし私が消えたら、次に来るやつのことを
よろしくお願いします。いいやつなんです。」」
バタフライの最後の言葉を思い出した。
「アイツが死んだのは俺のせいです。アイツは
こんな所にいながら最後までいい奴だった。
俺がいなかったらきっと1人でこんな所抜け
出して生きていけたはずだった……」
「バタフライは繊細とは言わないが人間性が
残り過ぎて耐えられない様子があったが、
お前は大丈夫そうだ。初めからお前が選ばれて
いればよかったな。」
「あなたは鋭いですね……ここの上層部も
それくらい頭があればよかったんですが……
『梟』である噂があったんですよ。『死神に
なってもいずれ蜂にやられる』ってね。」
「迷惑な噂だな。」
「“元”であっても同じことですよ。『鴉』の件からずっと、引退後のことは指示部隊との確執と火種
になっています。諜報部の方は後の道筋を作ろう
と動いてくれている先人もいますが、役目を
終えた暗殺者はどれだけ見張っていても恐い
ようですね。」
「…………………………」
漏れているのか漏らされているのか……
あの男が遊んだ後の玩具を残しておけないのは
確かである。
「次に死神に抜擢されるのは本来多分俺でした。
アイツは『梟』でも俺より優秀でしたし、
簡単に失うのは相当な痛手となりましたので。」
「志願したのか。」
「馬鹿なことを」と思ってしまうが、
この2人の間には友情があったのだろう。
それはキラービーが全く知らない概念である、
それについてどうこう思うのは無駄であった。
「俺とアイツは小さい頃からずっと一緒で
スラムで貧困の中ギリギリ生きてきました。
特殊施設に入れば生きていけると報せてきたのは
アイツです。
でもここまで登り詰めて、今頃になって
『こんな所に誘うんじゃなかった』とずっと
後悔していたのもアイツなんです……」
唐突に話し始めたファルコンは、言葉が
止まらなかった。
「俺は別に後悔もしてないし恨んでなんか勿論
いなかったのに、勝手に俺の為にと動いて
勝手にああなった。
それなら2人で逃げ出せばよかったんだ、
俺は別にそれで死んでも構わなかったのによ……」
「今でも逃亡を画策しているのか?」
「いえ……案外ここは俺の性に合ってます。
任務を負担にも思わないし、別に未来に希望を
持っているわけでもないですからね。
ただアイツはアイツの目線で物を見ていた。
伝わらなかったことが残念です。」
「そうか。」
適性というものは残酷だ。
それを見極めることができる者が少ないことも
とても大きな問題である。
「それで、私に聞きたいことがあるのか?」
「いえ、アイツがあんまりにもあんたの事を
褒めるから、どんなものか会ってみたかった
だけなんです。確かにあんたを真似るなんて
アイツには無理なことだとよく分かりました。」
「お前は死神としてやっていくのか。」
「そうですね、やる理由もやらない理由も
ありませんがね………
本当のところアイツが俺を生かそうとするより、
俺はアイツに生きていて欲しかったんですよ。
仕事ができるとかできないとかじゃあない。
アイツの方が……
ずっと本当にいい人間だった………」
「ここではいい人間は生きていけない。」
「そうなんですよ。本当にここは酷いところです。
特殊施設に入る前、俺の方が喧嘩が強かったから
よくアイツを庇っていたんですよね。
だから殊更アイツは俺の為に頑張ろうと
しやがったけど、何の為に俺が庇ったのか
分かっちゃいなかったんですよ、アイツは。」
「私に聞きたいことがあったわけではなく
私に聞かせたいことがあったのだな。」
「へえ、すみません。結局俺には生きる意味も
やるべきことも無くなってしまって、
こんな話、誰にもできません。せめてアイツが
憧れたあんたくらいには、聞いてもらって
いいかと勝手に思いました。
アイツが俺以外に初めて信頼した相手なんで。」
『信頼か、意味が分からんな。』
この時はキラービーはそう思った。
信頼も友情も誰かを想うことも、お伽噺より遠い
存在するだけの言葉だった。
「俺はアイツほど賢くないけれど、人真似は
上手いんです。『梟』でもそれだけで乗り切り
ました。ここでもあんたがいる限りは何とか
なると思います。」
そう言ってファルコンは頭を下げて出て行った。
少し後に『スコーピオン』と名付けられたことを
聞かされた。
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