第12話 潜入(7)

『私の自由意思か……』


そんなこと考えたことも無かった。

自由意思はこの国ではすでに失われてきている

概念であり、ましてや所属している組織では

禁忌な思想である。


キラービーは目を瞑り深く考えた。

今すぐ心の在り方や考え方が変わるということは

難しい。その中でも見えてきたものについて

整理していこうとした。


「お前達の動きは少しだけ理解した。

お前達は今すぐでなくても、できるかどうか

分からなくても、イーダ達に、情報統括部に、

そしてこの国の支配者にそれらの服従者の力を

弱め、その絶対的な力に風穴を開けたいとしているのだな。」


「………その通りです。」


「自由になったからか?それとも自由の為か?」


「……そのどちらもです。」


「では復讐のためでも、正義のためでも

国民のためでもないのだな?」


「そういうものはオマケ的な、無い事もないといったところですね。動機は多いに越したことはない。それらのどれかに誰かが引っ掛かることで、数の力が増えることもあるでしょう。何が風穴を開けるか分からない以上、できるチャレンジは何でもします。」


「お前は標榜していることと裏腹に相当狡猾な

奴だな。」


「狡猾でなくて、あんな所で、こんな世界で

やっていけるわけないでしょう。」


「なるほど」と言わんばかりにキラービーはバードイーターを見つめた。

瞬間的にイーダに似たところがあるのに

その人物像は全然違う。

不思議なものだと彼女は思った。


「同じ『蜘蛛』でも大違いだ。」


そして思わず思ったことを呟いてしまった。


「イーダはあれでもタランチュラという毒蜘蛛に

特別な思い入れがあるんだそうですよ。」


バードイーターはそれに反応した。


「美しい毒蜘蛛、それは彼が理想とする暗殺者の

理想型だそうです。期待してその名を付けるのに

それでいてその名を付けた者をどこか気に入れない。そういうジレンマを持っています。」


「それにしても『禿鷹』に『鳥喰い』か、

実力を見込みつつ警戒していたことがよく

現れているじゃないか。『鳥喰い』など

こんな皮肉な名前、他に無いだろう。」


「だからきっと、今でも絶対に私を許せないの

でしょう。」


他人の感情は許さぬのに、己の感情は遠慮なく

周りにぶちまけてくるか……

そう、そもそもイーダとはそういう男だ。

己にとっての最高の環境の為に他人の全てを

犠牲にする。


その事は、その印象は初めて会った時から

ずっと変わらない。

だがそれでも何の拒否感もなく従ってきた

………それは、一重に選択肢を持たなかったから。

嫌がる、拒否するという選択肢を……

持っていないというより知らなかったと 

表現した方が近いかもしれない。


『選ぶ。か……そう、人はあらゆる場面で

“本当はどうしたいか”を選ぶことができる。

例え恐怖で自由意思を縛られていようとも

選びたい、選びたかったと思うことはできる。

私がそこに至らないのは……感情の蓋?』


キラービーは感情の蓋という表現にピンときて

いなかった。

だが確かにそこには何かがありそうな気がする。


「私がイーダに従わなくなれば、それが

お前達にとって大きな力になると言っていたな?」


「もちろんですよ。これほど大きな追い風は

ありません。」


「そうか、そのことが本当のところ何を意味する

のか分かっているのだな?」


またキラービーはバードイーターを睨み付ける。

それは怒りや苛立ちによるものではなかった。


「標的を殺らない」ということが意味するものは

キラービーの中ではたった一つしかなかった。


バードイーターの返事を待たずに続けて言う。


「お前の狙いが何を生み出すのか、しっかり

よく考えて……その責任はお前が取れ。」


「我々は……」


「私はお前達に協力しない。お前達がどうなろうが、私には関係ないし、興味も無い。」


キラービーはまた初めに戻ったように

冷静で冷酷に振る舞い、言い放った。


「だが私に考えることを、選択肢与えるということはつまり……こういうことなのだ……」


言い終わると、バードイーターには何の危害も

加えず、彼の後ろ窓から外へ出て、

姿を消した。


夜明けまではまだ少し時間があった。

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